小森谷芭子29歳、江口綾香41歳。ふたりにはそれぞれ暗い過去があった。絶対に人に知られてはならない過去。ふたりは下町の谷中で新しい人生を歩み始めた。息詰まる緊張の日々の中、仕事を覚え、人情に触れ、少しずつ喜びや笑いが出はじめた頃―。綾香が魚屋さんに恋してしまった!心理描写・人物造形の達人が女の友情に斬り込んだ大注目の新シリーズ。ズッコケ新米巡査のアイツも登場。
(「BOOK」データベースより)
上記の内容紹介で『ズッコケ新米巡査』と呼ばれているのは「駆けこみ交番」主人公の高木聖大クンのことです。
ズッコケって!ズッコケって!チャラいながらも聖大クンそれなりに頑張ってお仕事していると思うのですが、何故か昭和チックな評価しか与えられない聖大クンに少しだけ同情です。
聖大クンは世田谷の交番から異動し「いつか陽のあたる場所で」の舞台、台東区の根岸警察署に勤務しております。聖大クンファンにはグリコのオマケつきキャラメルですね。
とはいえ、こっち小説ではあくまでも脇役扱いなので、まあ頑張れズッコケ警官。
「いつか陽のあたる場所で」の主人公は、東京・下町の谷中に暮らす、小森谷芭子。
そして、もうひとりの中心人物は、ご近所さんで友人の江口綾香。
ふたリが出会ったのは、北関東女子刑務所。
かつて、芭子は強盗罪、そして綾香は殺人罪で刑務所に服役していました。
刑期満了で出所した芭子は一人暮らしをはじめるのですが、そこそこ小金持ちの家でのんびり好き放題に暮らしていた大学生のお嬢ちゃんが、ホストに貢ぐ金を昏睡強盗で稼いで捕まり、そのまま7年間の刑務所暮らし。いわゆる生活スキルは殆どゼロに近い。
やっぱり子供の内から米の炊き方くらいは教えておかなくちゃ駄目だよなあ。お嬢ちゃんはこういう時困るよなあ。
遅れて出所した綾香が手取り足取り“主婦業”のレクチャーをして行く内に、ふたりは段々を身を寄せ合って生活して行くようになります。
自分の夫を殺した綾香も、親兄弟から縁を切られた芭子も、寄る辺ない身の上は同じですから。
野良猫が雨の夜に、車の下でそっと寄り添うみたいに。
「いつか陽のあたる場所で」は“いつか陽のあたる場所に”出たいと願うふたりの日常を淡々と描いた小説です。
殆ど大きな事件は起こりません。綾香が詐欺にあったり近所で近所の寺で仏像が盗まれたりはするものの、基本的に“フツーの生活”。
シリーズ(3冊あるんです)を通して、作者の乃南アサはこんな風に言ってます。
罪を犯した代償として人生を大きく狂わせ、多くのものを失った彼女たちにとっては「取り立てて大きなことの起こらない日常」こそが貴重であり、かけがえのないもの違いない。それに、大きな事件など起きなくても、日常というものは、細々とした実に様々な出来事が積み上がって出来るものだ。同じ日は二度と来ない。
私は、このシリーズでそんな彼女たちの日常を書いていきたいと思っていた。ささやかな日常を積み上げてゆくことで、物語スタート当初はひたすら自分を恥じ、世間の目に怯えて、まったく希望の抱けなかった主人公が次第に成長し、新たに生きていく希望を持てるようになってくれれば一番嬉しいと思っていた。だから、「あえて何も起こらない話」にしようと思っていた。
“自分を恥じ”“世間の目に怯え”る芭子と、刑を服し終えたことで“償いは終わった”と考えている綾香とでは、その後の生活にも微妙な温度差があります。
小説の中では前向きな綾香の方に共感するところが多く、ウジウジイジイジとした芭子にはイライラさせられるシーンもありますが、実際どうなんでしょ。もし自分の家のご近所さんが前科持ちだと知ったら、世の中の人は普通にご近所づきあい出来るでしょうか。
私は正直、難しいなあ。どんな罪状だったにしてもね。どんな理由があったにせよね。
刑務所という場所には、一般人の思考を停止させるような忌避感がある。正直なところ。
多くの人は犯罪を犯す前に踏みとどまる。一体、犯罪を犯す人間と、刑務所に行くまでには至らない人間と、どこが違うのか。大多数の人は、その寸前の適当なところで踏みとどまるか、もう少し要領よく立ち回ることができる。ほどほどということを知り、誘惑からも、犯罪からも、するりと上手に逃れるものだ。それが出来なかった愚か者だけが、大した決断もないままに一線を越えてしまうのだ。意志の弱さか、運の悪さか、誘惑への脆さか。
前向きなオバチャン綾香も、パン屋さんを開くという夢のためにせっせと貯めていた貯金70万円を騙し取られても、警察に被害届を出す訳にもいかない。
んーまあ出しても良いんだろうけどさぁ。色々とねぇ。差し障りってもんがねぇ。
帰る場所がないとか、身内から冷たくあしらわれるとか、素性を隠さなくてはならないとか、色々あるけど。
『犯罪被害者になってもそれを訴え出られない』という事実も、“罪を犯した者”に与えられる罰のひとつなのかもしれません。
まあでも、ド暗い小説ではないのでご安心を。
「登場人物に冷たい作者No.1inNIPPON」の乃南アサにしては、芭子と綾香には優しすぎるくらいかも。
この先に続くシリーズでは、ふたりはそれぞれ一歩ずつ前に進みだす姿が描かれていきますので、まずシリーズ1冊目の「いつか陽のあたる場所で」の日常のヒトコマからごゆっくりどうぞ。
P.S.
高木聖大クンに告ぐ。
年上好みのキミが芭子にチョッカイ出すのは良いけれど、女性を口説く際には相手が嫌がっているかどうかをよく見極めるように。
だから“ズッコケ”って呼ばれちゃうんだよ。