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中山七里「翼がなくても」

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「何故、選りにも選って自分が。何故、選りにも選って足を」陸上200m走でオリンピックを狙うアスリート・市ノ瀬沙良を悲劇が襲った。交通事故に巻きこまれ、左足を切断したのだ。加害者である相楽泰輔は幼馴染みであり、沙良は憎悪とやりきれなさでもがき苦しむ。ところが、泰輔は何者かに殺害され、5000万円もの保険金が支払われた。動機を持つ沙良には犯行が不可能であり、捜査にあたる警視庁の犬養刑事は頭を抱える。事件の陰には悪名高い御子柴弁護士の姿がちらつくが―。左足を奪われた女性アスリートはふたたび羽ばたけるのか!?どんでん返しの先に涙のラストが待つ切なさあふれる傑作長編ミステリー。
(「BOOK」データベースより)

わー、なんだか、ちょっと感動しちゃったなー。
ファンタジックなまでの力技で、読者を怒涛の流れに巻き込んでカタルシスを味わわせるのは、中山七里の手中にまんまと嵌ってしまっているのか。
 

作者の掌で転がされているのならば、良いですとも。いさぎよく転がされましょうとも。
素直にそう思えちゃいそうな、気持ちの良い読後感の小説です。

自分はこれからどうなってしまうのだろう。
このまま肉体も精神も不健全なまま残りの人生を過ごすのだろうか。
そして、どこに居場所があるというのだろう。アスリートとしても、一般社員としても評価されない自分に生きるのを許される場所があるのだろうか——。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!

主人公の沙良は実業団所属の陸上短距離選手。オリンピックも視野に入れたトップクラスのアスリートです。
それが、居眠り運転の車に轢かれて、左足を切断。
陸上選手としての将来を絶たれ、企業の広告塔の役を担えなくなった職場を退職。19歳の若さで、未来に何の希望も持てなくなった無職の障がい者。
しかも彼女の足を壊した運転手は、お隣さんの元同級生。敏腕弁護士の力を借りて、何の罪にも問われなかった幼馴染の引きこもりニート。隣家との軋轢は言わずもがな。
フィールドにも居場所はなく、職場にも居場所はなく、我が家にも居場所はない。

今や沙良にとって安住の地はどこにも存在しなかった。
そう、おそらく死以外は。

ここで「翼がなくても」をこれから読もうとする方にご忠告。
この小説は、どうやら他の中山作品とのスピンオフ的な立ち位置にもあるようです。登場する刑事・犬養さんと、敏腕悪徳弁護士・御子柴さんがそれぞれに活躍するシリーズがあるらしく、犬養シリーズと御子柴シリーズの愛読者からすれば、夢の競演とも言えるようでございます。
もし「翼が…」をより一層楽しみたいのであれば、先に犬養シリーズと御子柴シリーズを読んでおくのも一興かもしれません。
 

ちなみに私、犬養シリーズと御子柴シリーズの双方とも読んだことがありません。
でも、それがこの小説を読む際に支障を感じるということではありませんでした。むしろ、刑事と弁護士を脇役に押しやって、主人公の沙良に集中できたという利点もあるかも。
 

「翼がなくても」は、刑事・犬養と弁護士・御子柴の、とある事件の謎を追うミステリとしても読めますが、もっと大きな主題は、沙良がパラリンピアンとして再挑戦する、青春小説としての読み方です。

一時は絶望の極みに陥っていた沙良ですが、ある日アスリート用の義足を作る名人をTVで見かけてから、パラリンピックに出場する道があることに気付きます。
 

ここから、すげーよ、沙良ちゃん。
いきなり件の義肢装具士(しかも外国人)の滞在地にアポ無しで押しかけ、数年先まで予約が埋まっている筈のカーターさんオリジナル義足を破格の値段で作ってもらい、東大のラボラトリーにサポート体制と練習場所を提供させる。
若干19歳にしてこの交渉力と突破力…!彼女が営業職についたら、ドアノッカー営業だろうとテレアポ営業だろうと、きっと即座にトップ成績を叩き出すに違いない。
窓際に押し込んで依願退職に持ってった、かつての在籍企業の西端化成さんよ。惜しいことしたねえ。沙良ちゃんをこのまま雇っておいたら、絶対に売上件数アップしたよ?
 

彼女の能才は営業力だけに留まらず、自分自身を障がい者レース仕様に改造する肉体改造をやりこなす克己心、精神力、身体的な素質。
周囲の人間が協力を惜しまない、人間的な魅力も彼女の能力の内でしょうか。
ああ、一番彼女のパラリンピアン・チャレンジに貢献したのって、実はアノ人ですけどね。アノ人って誰よ。言わないけどね。何をするにも、まずは先立つものって必要だからさ。
沙良のためなら生命すら惜しくない、って人を味方につけられる、人たらしの能力か。すげーな、沙良ちゃん。お前これから先なんでも出来るよ。西端化成はつくづく惜しい人材をなくしたよ。
 

そして沙良の人たらし能力は、小説を読んでいる読者にも全方向に影響。
ラストシーンで読者を怒涛の流れに巻き込んで、ついちょっと感動してしまうのは、主人公の沙良の力技か、作者の中山七里の力技か。
 

作者の掌で転がされているのならば、良いですとも。いさぎよく転がされましょうとも。
素直にそう思えちゃいそうな、気持ちの良い読後感の小説です。

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