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小松左京「物体O」

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ある日突然、日本に落下してきた高さ二百キロ、直径千キロにも及ぶ“異様な物体”は、大阪付近を中心に日本をすっぽり覆ってしまった!その「物体O」の直撃を受けた東京を含む各地域は潰滅、日本は国家としての機能を失ってしまうのだが…。奇想天外なスケールで描く表題作をはじめ、壮大な発想から紡ぎ出される本格SFの名篇全十二篇を収録。
(「BOOK」データベースより)

小松左京はいわゆるシミュレーションノベルと呼ばれる類の小説を多く残しておりまして。
「日本沈没」とか「復活の日」とかがそのあたりですね。
 

シミュレーションノベルとかシミュレーション小説というのは「もし○○だったらどうなるだろう?」を描いたものですので、広義的に考えればフィクションは全てシミュレーション小説と言えるかもしれません。
まあ、ここでは単なる荒唐無稽な「もしも」の娯楽小説ではなくて、仮定の要素で組み立てた思考実験の小説とご認識ください。
 

表題作『物体O』も然り。ちなみに物体Oは、同筆者の長編小説『首都消失』の原型?とも噂されています。ソース不明。ご参考まで。
 

さて本題の短編集「物体O」。
この短編集は、ワハハ系(コメディ)と凄みのある系(シリアス)が混在しています。
で、表題作の『物体O』はどうなのかというと…シリアス系だとは思うんですが、個人的には「ワハハ系」に入れてしまいたいような気もしますね~。ハリウッド映画にしたら「ディープ・インパクト」みたいな大災害パニック物なんですが、関東圏の大部分と新潟・長野両県の一部、及び九州地方の長崎県西部と鹿児島県の約半分(海上諸島を含む)に落下し、三千八百万とも四千万とも言われる大量の圧死者を発生させた異様な物体“O”が、実は奥様の銀のイヤリングだった!(ネタバレ容赦)なんてオチは、笑っちゃなんねえと思いつつも、やっぱり笑っちゃいません?
 

短編集「物体O」の中のワハハ系を列記すると『フラフラ国始末記』『イッヒッヒ作戦』『ダブル三角』あたりですね。それぞれの内容はどこかでググってください。ああ、考えてみればタイトルにカタカナが含まれるものばかりだな。
 

対する凄み系は『骨』『あれ』『仁科氏の装置』あたりか。

どうした?——もう水が出たのか? ときくと、禿頭にしめた鉢巻をつるりとはずし、それで額の汗をぬぐって、
「いけませんや、旦那。——悪いものが出やした」
という。
「悪いものって、何だ?」
とききかえすと、眉をしかめ、首をふって、
「へえ、それが——骨(こつ)でやす」
といって、後ろをむいて唾をはいた。

凄み、というか、読んだ後にドンヨリとした虚無感が漂う短編ばかりです。
いや、ほんと、ご存じない方は是非お調べになって。てか、久方ぶりにこれら短編群を読み返した私の、心中の空しさを誰か道連れにしたいわ。
 

そして、ワハハ系と凄み系の、どちらに入れるかを迷ってしまうような短編もあるんです。
例えば、『返還』

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豪華な総理の椅子にひっくりかえって、鼻毛をぬいてはページにうえつけ、退屈そうに本を読んでいた総理は、突然ウォッ! と声をあげて泣き出し、大粒の涙をパタパタと落すと、本をハッタと机の上に伏せ、天をあおいで叫んだ。
「おお! 知らなんだ、知らなんだ!——わしはいままで、わが日本民族の先祖が、こんなにまでひどいことをしたとは、露知らなんだ!」
それから、総理は、インターフォンのボタンを押すと、秘書に告げた。
「すぐ、北海道庁長官をよんでくれ——それから、緊急閣僚会議を召集してくれ」

地球上から戦争がほぼ一層され、平和な世界。仕事も電子脳(コンピュータね)の発展により暇になり、政治経済も波風立つことなく凪いだ世界。
暇つぶしに読書タイムを楽しんでいたお飾りの内閣総理大臣が、北海道の歴史を記述したくだりを読んで、過去の日本人の罪を知りました。
 

内地の日本人が北海道に移住したことで、アイヌ人の先祖から北海道の土地をうばっってしまった!
もともとアイヌ人のものであった北海道を、彼らの手に返さねば!

 

政府および日本の民衆はその主張に完全同意。
移住した北海道民は全て引き上げ、でっかいどーほっかいどーは極少数のアイヌ人子孫だけが取り残されました。
 

その過程で、実は東北地方や北関東もアイヌ人のものであったと主張する者もあらわれ、本州の北半分の人民は南へ、西へ。狭いニッポン、そんなに詰め込んでどこへ行く。
 

日本人の英断?美談?のニュースは世界中を席巻し、負けじとアメリカの大統領が「インディアンの土地をインディアンに返そう!」
“新大陸返還法”が全米一致で可決されました。まさに、全米が泣いた。
いまマジ全員いなくなったらこっちも困るし、と『ヤンキー・カム・ホーム』のプラカードを掲げるインディアン達を置き去りにして、皆さんイングランドにご帰郷。
 

とはいえ当のイングランドも、国土をウェールズ人やケルト人に返還する動きでグレート・ブリテン大騒動です。
つられて各国の政府も自分たちの発生した地域を各々調べはじめて、アングロサクソンは北欧へ。インド人は中央アジアに大移動。中国人はチベット・台湾・蒙古・新疆ウイグル・満州・雲南をそれぞれ返還。ロシア人もシベリアをご返納。アフリカからも一切の白人とアラブ人が引き上げはじめました。
 

おかげで引揚者が戻った故郷では人口ミッチミチ!地球の人口は大変な偏在を示して、JR山手線のラッシュアワー並の混雑です。
しかし人々は“道義的衝動の幸福”のままに、極端な産児制限で人口を減らし、各自断食などして生命をちぢめ「うばったものを返す」幸せを感じながら、さらにさらに古い持ち主を探し続けてまいります。

そしてついに——最終的な時がきた。ヒマラヤの雪渓の中で、長年「雪男」とさわがれていた正体不明の動物が数匹つかまり、学者の詳細な検討の結果、彼らこそ、十万年前に絶滅したと思われた、ネアンデルタール人にほかならないことが証明されたのである。
全世界は震撼した。

この地球のもともとの持ち主は、現存する限り「雪男=ネアンデルタール人」
全世界のすべての人々は、後からやってきた侵入者。

 

地球上の全人類を襲った“道義的感覚”に、さて、どう対処しましょうかねえ?
 

『返還』を、ワハハ系と読むか、凄み系と読むか。
『物体O』も、ワハハ系と読むか、凄み系と読むか。それはどちらでもお好みで。
どう読んでも、楽しいことには変わりないですけどね。

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