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宮尾登美子「天涯の花」

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あたりを払って誇り高く咲くキレンゲショウマ。「私はこの花に会うため、お山さんに来たのではないか」珠子は心打たれた。吉野川沿いの養護施設で育った珠子は、十五歳で霊峰・剣山にある神社の神官の養女となる。清澄な自然を背景に、無垢な魂を持ち続ける少女の成長と恋を描き、新鮮な感動を呼ぶ長編。
(「BOOK」データベースより)

ラストシーンの後、主人公とサブキャラたちがその後どうなったのか余韻を残すような終わり方をする小説ってものがありまして。

私個人としても、そーいう終わり方ってのは嫌いじゃないんですけど。

この「天涯の花」に限って言えば、あとちょっと、あとちょっと書いておくんなましな宮尾さん、と言いたいこともない。

どうなったのよ珠子ちゃん。どうするのよ珠子ちゃん。

養父はどうするんですか珠子ちゃん。国男はどうするんですか珠子ちゃん。

久能は…あいつで…いーのか?

上記は主人公の珠子ちゃんが「私はこの花に会うため、お山さんに来たのではないか」と感動したキレンゲショウマの花。険しい山肌に咲く可憐な花だそうです。

で、珠子ちゃん自身も可憐な少女。捨て子で、中学校までは養護施設で育てられていました。宮尾登美子は身寄りのない少女を書くのが好きですね。

「私は園長先生や真代先生が嫌いじゃいうとるんじゃないよ。私を養女にしてくれるのは有り難いし、うれしいと思うけんど、あの家の養女になってしもうたら、私は一生、施設から離れられん。死ぬまで施設がついてまわるじゃろ?
—(中略)—
なあ隆ちゃん、あんたも思うじゃろ?私らが何のわるいことしたんじゃ。こんなバチ当てられるようなこと私らがしたというんか。私は隆ちゃんのように口も立たんけん、口惜しいときは便所へ入って泣くだけじゃった。けんかもよう仕掛けんと泣くだけじゃった」

とはいえ宮尾登美子の他の作品のように、卒業後は置き屋に送られたりしたわけではありません。むしろその反対、清潔かつ清冽な霊峰・剣山の剣神社宮司さんの養女として迎えられました。

性質もおとなしく温和で、お勉強もよくできる「良い子ちゃん」の珠子ちゃんですので、その前には養護施設の園長先生の養女…って話もあったんですけど。それがポシャった理由は上記引用のとおり。おとなしく温和で勉強もできる良い子ちゃんの割には、珠子ちゃん結構ガンコ者ですね。

宮司の養女になってからは、珠子ではなく“きよみ”という名を与えられます。将来の巫女として清らかなれと名付けられた名前ですね。

しかしまあ、珠子ちゃんガンコですから。“きよみ”の名前にふさわしき存在になったかどうかは、読んでのお楽しみ…。

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「天涯の花」は前半と後半で、結構印象が変わります。

前半は珠子ちゃん改め“きよみ”の奮闘記。まーシンデレラのように働きますわこの人。

巫女の修行をしつつ養父母に仕えるその姿は、けなげとも言えるし痛々しいとも言える。養父もなぁ…嫁さんが死んで心細いのはわかるけど、ちと“きよみ”を縛り付けすぎ。

それに違和感を感じつつも、それでもやっぱり養父に従おうとする“きよみ”の良い子ちゃんぶりは、三浦綾子「氷点」の陽子を彷彿とさせる…つまり、私が好きになれないタイプです。夏休みの宿題を7月中に終わらせるタイプとは私、友達になれないの。

しかしながら。

後半に入り、夏山の写真撮影に来たカメラマン久能と出会ったから“きよみ”“珠子”に再び戻ります。

久能にめぐり会うまでは、典夫のプロポーズを嫌とは思わず、この好きな剣山の自然のなかで生涯をすごすのもいいかなとも感じていたのに、昨夜の久能の誘いの前には、典夫は俄に色褪せて見え、遠ざかってゆくようであった。
—(中略)—
もうためらうことはないよ、珠子、と珠子は自分の内なるものに向かってそういった。
久能が、あなたを置いて山を下りることはできない、といったように、自分ももう久能と離れて暮らすことはできないと思う。
しかし山小屋の嫁か、若い宮司との結婚なら先も見えているが、久能との暮らしは一寸先も何も見えぬ。二人で駆け落ちし、どこの土地に流れ着くか判らないが、そこに待っているものは楽しい日々か、或いはどん底の生活か、それも全く予想もつかない真っ暗闇であった。

都会モンで妻帯者でオッサン。清らかな10代の娘が近づいちゃならない存在の久能に恋してから、珠子ちゃんぐっと変わります。恋は少女をオンナにするね。

不倫に走りそうになりながらも土壇場でこらえ、地元の若い衆と結婚しようとしたり。それでもやっぱり久能を待つことにしたり。

「天涯の花」は珠子が15歳~20歳あたりの話なんですが、おい結構な波乱万丈だなあ!10代でなかなか濃ゆい恋愛してるなあ!と驚くところ。

あれでしょうか。厳しい山の自然が人を成長させるってのは、こういうことでしょうか。成長のベクトルがちょっとズレてるようにも思えますけれども。

私は後半の珠子ちゃんの方が好きですよ。前半の「良い子ちゃん」な“きよみ”より。

ですのでね、「天涯の花」のラストシーンで久能の行動を知った珠子ちゃんが、その後どうなったのかが気がかりでならんのですよ。

恋に生きるのかなあ。幸せになるのかなあ。

バツイチのオッサンに嫁ぐ猪突猛進の20歳の娘が、幸せになれると良いんだがなあ。

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