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山本周五郎「与之助の花」

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ふとした不始末からごろつき侍にゆすられる身となった与之助が、思いを寄せていた娘から身を引き、ごろつきを斬って切腹するまでの心の様を描いた表題作。わがままで武術自慢の藩主の娘を、一介の藩士が無遠慮にこらしめる「奇縁無双」。維新戦争に赴いた恋人の帰りを40年間も待つ女心を哀切に謳った「春いくたび」。ほかに「一代恋娘」「友のためではない」など全13編を収める。
(「BOOK」データベースより)

新潮社版「与之助の花」で一番笑えるポイントは、実は解説にあります。
 

山本周五郎が酒の肴を自作して、作ってみたものが“納豆のバター炒め”
出来上がりは納豆がカチンコチンに固まって、とんだ失敗であった、と。
 

山本周五郎、冒険者なりや!
 

いや、とはいえ小説の方が面白くないっていう訳ではありません。
武家ものあり、娯楽ものあり、少女向けきゅんきゅん系あり、シリアスあり、現代(といっても昭和初期)ものあり、発明ものあり。
いずれも昭和10年~昭和20年の、第二次世界大戦にかかる時期に発表された短編小説を集めています。
 

文学不毛の時代と言われたこの時期、山本周五郎が咲かせた「与之助の花」
色とりどりの花たちの、さてどの花を愛でましょうか。

「又五郎、是を勘右衛門に見せろ」
「ははッ」
美濃部又五郎が、膝行して出る、両手で書状を受けようとしたとき、吉孚の手からはらりと書状が落ちた。——刹那!
「無礼者!」
叫んで、吉孚の手が小姓の捧げている佩刀へ伸びる。ぎらりと抜討に刃が空を截った。

この短編集に収録されている短編は、視覚的イメージが美しい小説が多いです。
 

『孤島』で舟が巻き込まれた嵐と、流れ着いた無人島に生える椰子の木と、海の輝きと、火山の燃える赤が、仇討ち兄妹と仇の、対立と協力の相反した気持ちを表すように。
『磔又七』のあばら家に射す朝日が、15年間木像を彫り続けた凶状持ちの痩せ細った身体を照らすように。
『春いくたび』の霧ふかい早春の桑畑と、少年を追ってきた少女が手に持つ辛夷の花の白が、その先40年間の長い別れを予感するように。
 

ちなみに『奇縁無双』の中で、主人公の伊兵衛が姫君の策略から逃れるために、裸で崖から山道から田んぼの畦道まで駆け抜けるシーンも、美しくはないが情景を想像するに、ああ楽しい。
「鍛錬だー鍛錬だー秘法だから他言は無用だぞー」
知り合いに言い訳しながらのストリーキング。情景を想像するに…ゲフンゲフン。

しかし「与之助の花」の収録短編中、最もビジュアルが美しいのは『噴上げる花』という短編です。
竜吐水という、江戸時代に使われていた消火器具がありまして。『噴上げる花』はその竜吐水を考案した人物の“THEプロフェッショナル・仕事の流儀”です。
新式の火消し道具の開発苦心を描きつつ、同姓同名の人物違いでの滑稽譚的なおかしみもありますが、最後に竜吐水が水を噴き上げるシーンでの爽やかさは、んもう明るくって可愛くって気持ちが良くって。

「水を運べ、水が足りないぞ」
右太夫が叫んだ。見ていた者たちが言下に手桶をつかんで走ってゆく。すると……立原玄蕃の娘菊枝は、手早く裾をからげ襷をかけたが、そのまま空いている手桶を取っていっさんに駆け出した。
「あ、これ菊枝」
—(中略)—
菊枝はけんめいに水を運ぶ、筒口は天にも届けと水を噴きあげる。……宝暦五年に「竜吐水」として世にあらわれた手押し喞筒の原案は、斯くしていま高く高く成功の花を噴きあげている、あたりはすっかり暮れていた。

ええでよ、「与之助の花」。
不毛な大地に山本周五郎が咲かせた花は、恋の芙蓉も成功の花も。
山本花店にて皆様のご来店、心よりお待ちしております。

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