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角田光代「ひそやかな花園」

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幼い頃、毎年サマーキャンプで一緒に過ごしていた7人。
輝く夏の思い出は誰にとっても大切な記憶だった。
しかし、いつしか彼らは疑問を抱くようになる。
「あの集まりはいったい何だったのか?」
別々の人生を歩んでいた彼らに、突如突きつけられた衝撃の事実。
大人たちの〈秘密〉を知った彼らは、自分という森を彷徨い始める――。
(Amazon内容紹介より)

子供の頃にシロツメクサの首飾りを作ったことがない、と友人に話した際に
「アンタって心底、都会のモヤシっ子なんだね!」と言われた私です。
両親共に近場の生まれなので、夏休みに田舎へ帰省した覚えもなく、もちろん別荘に赴くセレブリティな休暇を過ごしたこともなく。
緑豊かな“夏の思い出”には正直、ちょっと憧れる気持ちがありますのよモヤシっ子としては。
 

「ひそやかな花園」に出てくる子供たちは、そんな私の憧れの世界に住んでいます。
毎年の夏の休暇にだけ逢う友達。バーベキュー。森への探検。夜更かし。
近付いちゃいけないと言われる滝壺に飛び込むスリル。雲の形に動物を見つける遊び。
幼い恋人同士の結婚式。誓いのキス。
 

小さな子供ってのは基本的に、お出かけについて決定権がないので、親が行く所に必然的に連れまわされる存在です。
だから、毎年夏に出かける“サマーキャンプ”が何なのかについては、よく分かってもいないし、あまり気にしてもいません。
キャンプの場所である別荘が誰の所有物なのかとか。
そこに集まる人々は、一体どんな仲間なのかとか。
 

ですが、子供たちは平和で楽しい夏を過ごしていても、どうやら大人たちはそれぞれの思惑があるようで。
夜中にふと洩れ聞こえてくる口論の声。泣き声。
来なくなったひとりのお父さん。
子供達のおままごと結婚式に、過敏に反応する大人たち。
 

ある年に唐突に、楽しかったサマーキャンプは終わりを告げます。
互いに連絡も取れなくなった子供たち。
 

大きくなって、大人になってからふと思う。
あの夏の思い出は、いったい何だったんだろう?

この小説は「キャンプの謎を探れ!」的な題材ではないので、このブログでもネタバレしちゃいますと。
キャンプに集まる家族には、ある共通点がありました。
それは、子供をAID(非配偶者間人工授精)で設けた家庭であること。

「ぼくの母親の話をしようか」
賢人は言って、話しはじめた。
賢人の母は結婚したものの子に恵まれず、夫婦で相談した結果、原因を突き止め治療する覚悟で検査にいった。母に問題はなかったが、父は無精子症、精巣が精子を作れない体質だと診断された。でも二人はどうしても子どもがほしかった。話し合った結果、第三者の精子を母の卵子に受精させようということになった。それで、ぼくが生まれた。
でもそれはあなたの話でしょう、と言おうとして、樹里は言葉をのみこんだ。なぜ賢人がそんな、あまりにも私的な話を打ち明けてくれているのか。
つまり、それが共通点だったと彼は言っているのだ。

自分が父親の生物学的な実子ではなく、見知らぬ誰かの子供であると知った彼等が、それによって起こったそれぞれの家族のいきさつと両親の思いを知り、それぞれに悩み、苦しむ群像劇です。
誕生へのいきさつは一緒でも、それぞれに生きてきた彼等には、それぞれの人生があります。
男も女もあり、富裕も貧民もあり、秀でた能力を持っている人も持っていない人もあり。性格も来し方もそれぞれ。人生それぞれ。
 

それぞれに違う人生を送っていた彼らが大人になって、幾人かの少しばかりの努力から、彼らは再び会合することとなりました。
 

遺伝性の病気にかかり、見知らぬ父を何としてでも探し出さなければいけない。だから、廃院したAIDクリニックの情報を得るために仲間を探す人も。
幸せだった子供時代の思い出にひたりたい人も。
単なる偶然から『夏に出逢った友達』に再会した人も。
 

再び出逢った彼等が、どのように集合するのか。
そしてその再会は、彼等にどのような影響を与えるのか。再会はプラスになるのか、マイナスになるのか。
 

…まあ、それは本を読んで頂くとして。
大丈夫です。この本は、良い終わり方をします。

「ねえ樹里、はじめたら、もうずっと終わらないの。そうしてもうあなたははじめたんでしょ。決めたときにはもう、はじまってる。悩んでる場合じゃないわよ」

樹里の母が娘に向かって言う上記の言葉は、AIDによる誕生という特殊事情を飛び越える勢いで、娘の心に突き刺さります。
『樹里』という名前の由来が、鮮やかに樹里の心に甦った時に。
 

緑深い森ではじまった小説は、緑深い森で終わります。
大丈夫。この本は、良い終わり方をします。こころにちょっとフィトンチッドを注入する小説ですよ。

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