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フレドリック・ブラウン「まっ白な嘘」

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ショート・ストーリーを書かせては当代随一の名手の代表的短編集。奇抜な着想、軽妙なプロットは、論より証拠、まず読んでいただきましょう。どこからでも結構。ただし最後の作品「うしろを見るな」だけは、最後にお読みください。というのは、あなたがお買いになったこの本は、あなたのために特別の製本がしてあるからです。さて、その意味は?
(創元推理文庫 巻末内容紹介より)

人のアドバイスには、素直に耳を傾けるべきです。

上記引用の内容紹介に従い、この短編集を読むときには『うしろを見るな』だけは、最後の最後に読みましょう。

なーんて言うと「じゃあどれどれ」とか、まず最初に読んじゃう天邪鬼が居るものでして。そう、そこの貴方みたいに。

気持ちは分かるが人の助言を無下にしちゃいけない。もし「まっ白な嘘」を最後まで読み終えたいならば、出版社の、そして私のアドバイスを真摯に聞くべきです。

生涯最期となる読書を、最後まで堪能したいならば。

とくにこの本を選んだのは、たまたまその最後の短編の題名が「うしろを見るな」となっていて、わたしの目的にうってつけだと思ったからである。この意味は、あと数分でおわかりになるはずだ。

個人的に、ブラウンはショートショートSF作家だというイメージがあるのですが、実はブラウンさん元々はミステリ畑から採集された作物です。

SFもいーけど、ミステリもいーのよ、これがまた。

『奇抜な着想、軽妙なプロット、ウィットとユーモアとスリリングなサスペンス』ブラウンを指して語られる評は、SFの架空世界においても、リアルな世界においても変わりません。

これまでのブラウン短編集と同様、中でもどの一編を取り上げるかというのは非常に悩めるところではありますが、ここではひとまず、怖~い話で参りましょう。

背筋がスウッと寒くなる、『叫べ、沈黙よ』

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例の、音についてのたわいない議論だった。聞く人の誰もいない森の奥で木が倒れたら、それは無音であろうか。聞く耳がない所に音はあるのだろうか。

小さな駅で、列車を待っている男がひとり。

“わたし”は待ち時間を確認しようと、プラットフォームに座っている男性に声をかけました。

しかし、彼は答えてはくれません。

改札口の駅員曰く、彼——ビル・マイヤーズは聾者であると。だから“わたし”の問いかけにも気付かず、駅員の会話も聞こえてはいない筈だと言います。

聾者のビルの真横で、駅員はビルに起こった一年前の事件を大声で語り始めました。

『奴は自分の細君を殺したんです。細君と、それから雇い人をです』

冷たい性格のビル・マイヤーズは、駅員の従姉である女性と結婚した後も変貌することなく、妻を奴隷のようにこき使い、ひどい虐待を続けていました。

救いを求めるように妻が、農場の使用人と恋におちたのも已む無しと言える位に。
妻の裏切りを知ったビルは、その時どうしたか。

「あそこに座っている人非人は何をしたと思います。聾になったんです」

病院に行き『耳が聞こえなくなった。聾になるかもしれない』と医者に訴え、病院を出たその足で向かった次の目的地は保安官事務所。

『妻とやとい人が行方不明になった』

姿を消した妻と雇い人は、その一ヵ月後に見つかりました。

農場の、コンクリート製の燻製室の中で。

外側から、南京錠をかけられて。

「水と食べ物が両方ない場合、人は乾きで先に参ってしまうものです。もちろん、二人は出ようとして苦心しました。男はコンクリートのかたまりをくずして、それでドアをこすって半分まで穴をあけました。厚いドアだったんです。二人はずいぶんこのドアをたたいたはずです。その近くに住んでいて、日に二十回も前を通りかかった聾の人間しかいないこの場合、お客さん、音はあったんでしょうかね」

妻と雇い人が死んでから一年。

ビル・マイヤーズが聾者になってから一年。

ビルは毎日駅に来ては、用も無いのにプラットフォームに座っている。

そして駅員は毎日、大声でだれかれ構わず事件について語り続け、ビルを、人非人の殺人者だと糾弾する。

果たしてビルは、駅員の話が聞こえているのか、いないのか。

どうしてビルは、駅のプラットフォームに座り続けているのか。

木が倒れた時に、その場にいた只一人の人間が聾者かもしれないし、聾者ではないかもしれないという時、その木は音を立てたのか。

塔の時計が七時の鐘を鳴らした時に“わたし”が見た光景が、背筋をスウッと寒くする、怖~い、お話です。

「叫べ、沈黙よ」でゾクゾクした後は、別の短編「メリー・ゴー・ラウンド」で大人の恋を楽しむも良し。「闇の女」でサスペンスを味わうも良し。「後ろで声が」で、うわあぁぁっ!と頭をかきむしるも良し。順番はどうぞ、貴方のお好みのままに。

但し、最後の「うしろを見るな」だけは、どうぞ最後の最後まで残しておいてね。

このアドバイスは、真摯に聞いておくべきです。

生涯最期となる読書を、最後まで堪能したいならば。

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