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連城三紀彦「美女」

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この里苧のような女に、俺の「浮気相手」が演じられるのだろうか?妻の妹と関係を持った男は、妻の疑いをそらすために、馴染みの居酒屋の女将に一芝居打ってくれるように頼み込んだ。男の前で、妻とその妹、女将―3人の女の壮絶な「芝居」がはじまる。逆転、さらに逆転劇!(表題作「美女」)息を呑む超絶技巧で男と女の虚実を描く、8篇の傑作ミステリアス・ノベル。
(「BOOK」データベースより)

恋愛小説なのか、ミステリ小説なのか、はたまた実験小説なのか。
連城三紀彦の「美女」はそういう、ジャンル分けに悩むような短編集です。
 

連城三紀彦の短編は、長編小説に比べて技巧的な小説が多いものですが、中でも「美女」はグググッとを前面に押し出した味わいが目立ちます。
おかげで「美女」を読むときには、結構体力を使う。
 

いやだって大変よ。『喜劇女優』なんて、7人の独白だけで話を進ませて、その7人の語り手がどんどん姿を消してしまうのよ?最終的には、7人全員が存在しなくなってしまうのよ?
こんな説明されても意味が全くわからないでしょう。ええ私にもわからないわ。知りたい人は本をお読みなさい。あ、気合を入れてから読みなさいね。
 

『喜劇女優』ほどキテはいないものの『夜の右側』『砂遊び』あたりも、読んでいるうちに脳内がエラー音を発するゴチャゴチャ感。とはいえ『砂遊び』あたりは若干、映画のカット割を駆使したりして技巧が鼻につくという気がしないでもなし。

操られて?
いや、そうではない。あの晩池島に起こったことはすべて公子に起こったのだ。公子もまた、計画などどうでもよかった。あの晩、ただ夫への憎しみのためだけに凶器を握ろうとした……あの晩、二人は夜の右側で、水色の闇の中で、小原夫婦が操る糸など断ち切り、たがいの憎悪だけで見つめあい、殺しあおうとした……。それが池島にははっきりとわかる、なぜなら公子は十年間彼の妻だったのだから。
(『夜の右側』より)

読んでいる間に、樹海の中に入り込んでしまったような、今どこにいるのか、進む先がどこなのか分からなくなるような焦燥感。
作者の技巧に操られないようにするためには、読者側もパワーが必要です。
「美女」を読む前には、ぐっすり眠って、たっぷり食べて、試合に赴くアスリートの気持ちで臨みなさいませ。

このブログで「美女」のどの短編を紹介しても「意味わかんねーよ!」と言われそうな気がしますが、中でも比較的ミステリ色の強い、一般的な?小説の『夜の二乗』のご紹介など。

「アリバイ?」
「ええ、刑事さんもよくご存じのアリバイが……」
安原は顔を顰め、男の顔を睨みつけた。ゆっくりと頷いた男は、吐きだした煙ごしに刑事の顔を覗き見ながら、
「真鶴で玲子が殺された九時半には、私は自宅で妻を殺していましたからね」
そう言った。

東京で一人の主婦が死んで。
容疑者として警察に連行された夫は、妻の殺害時刻には真鶴(神奈川県)の別荘で、愛人とベッドの中にいたとアリバイを主張。
 

確認のために別荘へ電話をかけてみたところ、別荘には愛人の玲子が確かにいた。但し冷たい死体となって。
『妻の殺害時刻には、私は愛人を殺していた。よって私が妻を殺すことはできない』
鉄壁のアリバイ。
 

その後供述は二転三転。
上記の引用の如く『愛人の殺害時刻には、私は妻を殺していた。よって私が愛人を殺すことはできない』
 

どちらの殺人も、全ての証拠は夫が殺人犯であると指している。
だけど、時間的に彼が東京と真鶴を往復することはできない。
妻と愛人、どちらかとの共謀説も否定される。なぜなら二人はほぼ同時刻に死んでいるから。
第三者の存在は全くありえない。

つまりコウモリだったんだよ。獣であることを隠れ蓑にして自分は鳥ではないと言い、鳥であることを隠れ蓑にして自分は獣ではないと言う……それからはただそのくり返しだった。

男が殺したのは、はたして誰でしょう?
 

『夜の二乗』は、アリバイ崩しのミステリではありますが、そのアリバイが崩れた後には、もうひとつ隠されていた謎があります。
 

男が復讐したかったのは、はたして誰でしょう?
 

連城三紀彦の「美女」は、やっぱりどの短編をとってみても、樹海に迷い込む危険性あり。
作者の技巧に操られないようにするためには、読者側もパワーが必要です。
ぐっすり眠って、たっぷり食べて、試合に赴くアスリートの気持ちで臨みなさいませ。

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