数日がかりでヨーロッパを走り抜ける豪華寝台列車、オリエント急行。さまざまな国の客が乗り合わせたその日の列車は、雪の中で立ち往生してしまう。しかも車内で殺人事件まで起こった。殺されたのは、金持ちのアメリカ人男性。たまたまこの列車に乗っていた名探偵エルキュール・ポアロは、事件を調査することになる。犯人は乗客の誰かにまちがいない。ところが全員にアリバイがあるのだ。はたして、ポアロの推理は…。
我孫子武丸「探偵映画」で、この「オリエント急行殺人事件」の映画版について登場人物が述懐するヒトコマがあります。
「へえ……でも、こういう純粋な謎解き映画ってのはさ、オールスター映画に向いてるんだよな。『オリエント』なんていい例だろう。容疑者は乗客全員。その誰もがみんな知ってるスターだ。誰が犯人でもおかしくない。で結末は……あれだろ?結末を知ってても知らなくても、あれは楽しめるよ」
ミステリの女王の超有名作品。それを、イングリッド・バーグマンやらショーン・コネリーやらの名俳優達が演じるオールスター映画。
題材が殺人事件の割にはお洒落で軽やかな娯楽大作映画となってます。お正月スペシャルドラマと同じね。
さてそんな「オリエント急行殺人事件」が、今年2017年にリメイクされるという噂。
果てさて、今回も豪華オールスターの出演でしょうか…へーっ!ジョニー・デップがラチェット役かぁ!いっがーい。ミシェル・ファイファーがハバード夫人ねえ。あのうるさいオバチャン役ねえ。昔はキャットウーマンだったのにねえ。
ウィレム・デフォーがハードマンか。これは適材適所、いや、もっと若めのイメージだったんだけど、ふむ、これもありかと。
このページをご覧の方の中には、2017年公開の「オリエント急行殺人事件」に興味を抱いてお出で頂いた方もおらっしゃるかもしれません。
「ほんのむし」では、映画ではなくアガサ・クリスティーの原作についてお話させて頂きます。
原作も読んでみようかな、ってあなた、ちょっと寄ってってー。
「——おもしろい小説になることでしょう、友よ。あらゆる階級、あらゆる国籍、あらゆる年齢の人が集まっている。これから三日間、この人々が、知らない者どうしが、一緒に過ごすことになる。ひとつ屋根の下で眠り、食事をする。離れて過ごすことはできない。その三日間が終わると、別れていく。それぞれの目的地に向かい、おそらく、二度と会うことはない」
「しかし」ポアロは言った。「何か事故でも起きれば——」
「や、やめてください、友よ——」
一点ご報告。
上記ハヤカワ文庫の書籍名が「オリエント急行の殺人」となっておりますが、これは「オリエント急行殺人事件」と同一のものです。
私としては「…の殺人」よりも「…殺人事件」の方が好みなので、常に題名は脳内変換。同様の理由につき、いつかご紹介する予定のクリスティ「アクロイド殺し」も「アクロイド殺人事件」と変換することでありましょう。いつになるかは、わからねど。
さて、舞台はイスタンブールからフランスのカレーに向かう豪華寝台列車。一本の列車にコンパートメントが12個で、お客さんが16人乗ったら満室だっていうんだから、すごい豪華じゃね?(てか、ちっちゃくね?)
シリアでの仕事を終えてイギリスに帰国するためにオリエント急行に乗った、我らが名探偵ポアロさん。
のんびり列車の旅を楽しむはずだったのに、大雪で閉じ込められた列車の中で、ひとりの富豪が死んだ。
12回もメッタ刺しにされたラチェット氏。
状況からは女の犯行であることが伺える。だけど、刺し傷の強さは女性の腕力では難しそう。
刃物は左手で持っていたらしい。だけど、右利きを思わせるような証拠も。
優美なハンカチは貴重な証拠だけれども、それに刺繍されたイニシャルを持つ女性はひとりもいない。
現場に残されていた車掌のボタン、だけど車掌の制服には全部ボタンが付いている。
そもそも死んだラチェット氏、どうやら本当は違う人間らしい…。
誰も彼もが違うことを言って、誰も彼もにアリバイがあって、ポアロの頭も混乱するばかり。
Mon Dieu !
ポアロはしばらく黙っていた。やがて言った。
「お手数ですが、ムッシュー・ハードマン、みなさんをここに集めてもらえませんか。この事件には二つの解決方法があります。その二つをみなさんの前で披露したいと思います」
ラチェット氏を殺した犯人が誰なのか、という謎解きについてはネタバレいたしませんが、この小説が発表された当初は、その謎解きに関して世に物議をかもしたそうです。
かのレイモンド・チャンドラー先生は『こんな答えには、非常に鋭い知性を持った人が目をまわすこと、請けあいである。間抜けにしかわからないことだろう』とケチョンケチョンにしてます、んー、まあ、納得できるようなできないような。
単純バカならすぐに分かる、そして、ミステリを読みなれた、鋭い知性を持つ人にはわからないトリック。
アガサ・クリスティーの意地悪さが光る「オリエント急行殺人事件」
しかし、トリックがわかるかわからないかというのは、2017年の今となってはどうでも良いことです。
あまりにも有名なので、ちょっと調べればすぐにネタが明かされてしまいますし。ミステリファンにとっては古典の常識問題みたいなもんですし。
ミステリファンでなくても、映画を観たひとなら知っているし。
これまで映画を観たことがない人でも、今年、また出るし。
「誰が犯人でもおかしくない。で結末は……あれだろ?結末を知ってても知らなくても、あれは楽しめるよ」
「探偵映画」の細川氏の台詞は、まったくもって正しい。
ミステリ好きも、映画好きも、ジョニデ好きも、読んでみ給え。結末を知ってても知らなくても、あれは楽しめるよ。