花を愛でながら余生を送っていた老人・秋山周治が殺された。第一発見者の孫娘・梨乃は、祖父の庭から消えた黄色い花の鉢植えが気になり、ブログにアップするとともに、この花が縁で知り合った大学院生・蒼太と真相解明に乗り出す。一方、西荻窪署の刑事・早瀬も、別の思いを胸に事件を追っていた…。宿命を背負った者たちの人間ドラマが展開していく“東野ミステリの真骨頂”
(「BOOK」データベースより)
第二十六回柴田錬三郎賞受賞作。
なんだかとっても東野圭吾初期作品を読んだような感覚。『鳥人計画』のようなサイエンス系、テクノロジー系の匂いがする小説でした。
でも「夢幻花」の主人公である蒼太は、大学院で原子力研究をしている研究者なのですね。
で、ご承知の通り東日本大震災と福島の原発事故で、蒼太はこの先の身の振り方にも悩んでいます。てことは少なくとも2011年以降。東野圭吾原点回帰?
奥付で確認したところ、私の印象はあながち間違ってもいなかった事が判明(えっへん)
「夢幻花」はもともと、2002年から2004年にかけて「歴史街道」という雑誌に連載されてたらしいです。で、2013年に、大幅加筆の上で刊行されたと。
でも2002年といったら「秘密」よりも前か。そんなに初期でもないな。ってことは私の単なる勘違い?
雑誌連載時の「夢幻花」を読んでおらず、書籍化された現在の完本しか知らない私ですが、この小説、蒼太の逡巡がなかったらずいぶんボヤけた結末になっていたんじゃないかな?と思うところです。それとも全然違うラストが待っていたのかしら。なんたって「歴史街道」だし、謎を解明するための、お江戸から続く秘密の研究が主体になっていたのかしら。
解明された謎って?秘密の研究って?
うーんそれはノーコメントで。これでもネタバレしないように、ちったぁ気をつかっているでござんすよ。
ちなみに「夢幻花」の書き直しに関しては、東野圭吾字自身が以下のように語っています。
——結局、「黄色いアサガオ」というキーワードだけを残し、全面的に書き直すことになりました。もし連載中に読んでいた方がいれば、本書を読んでびっくりされることでしょう。
しかし書き直したことで、十年前ではなく、今の時代に出す意味が生じたのではないかと考えています。その理由は、本書を読んでいただければわかると思います。
(PHP研究所 著者インタビューより)
「夢幻花」は、一見何のかかわりもないような、いくつかのエピソードからはじまります。
1962年に起こった大量殺人事件。
鬼子母神の朝顔市での初恋。
泳げなくなった水泳選手。
万引きの冤罪。
そして本当のはじまりは、ある老紳士の死から。
「庭に、たくさんの鉢植えがあったでしょう?あの手入れをしている時が一番楽しそうでした。花は嘘をつかないからって、おじいちゃんはいつもいってました。だからたぶん、事件の真相を知っているのは花たちだと思います」
黄色いアサガオだけは追いかけてはいけない——事件の鍵を握るのは、老紳士が栽培していた黄色い謎の花。
老紳士の死後に消えた、黄色い花の咲いた鉢植え。
老紳士はどうして殺されたのか?
鉢植えは何のために持ち去られたのか?
謎を追う老紳士の孫娘に接触してきた、警察庁の役人の目的は何か?
たくさんのエピソードで「えーと今私は何の話を読んでるんだっけ」と混乱しつつも、なーんとなく気持ちは“新種のアサガオ”方面に誘導されていく私です。
江戸時代の資料には残っているのに、いまは存在しない黄色いアサガオ。
バイオテクノロジーの産業スパイ?それとも許されざる遺伝子研究?
私が不得意なサイエンス分野に至るのかなあ…と、思いきや。
えっ、そっちですか?
アサガオの謎って、花じゃなくって、アレですか?!
いくつものエピソードが最後の最後でつながっていく様は、まるで点つなぎパズルのように線を引くかのようです。
そして、点つなぎによって浮かび上がってきた絵は。
「出したものはお片付けしましょうね」という教訓。つまりノンタンかしまじろうか。
いやまあなかなかに騙されましたが。いわゆる大ドンデン返し!とも違う、至極納得のいくドンデンでした。いやスッキリ。
“お片付けしなくちゃいけないモノ”は何か、は、実際に書籍でお確かめください。
そして、蒼太を含む“お片付けの努力をする人”に、敬意を込めて、ありがとう。
《補記》
2014年に基礎生物学研究所が、黄色いアサガオの栽培に成功させたそうです。
サイエンスはどんどん進歩するから、小説の題材にするのは大変そうだなあ。
また東野圭吾は書き直さなくてはならないハメに陥るのか?積んでも積んでも終わらない賽の河原の作家の苦悩。