目覚めたのは病院だった、まだ生きていた。必要とも思えない命、これを売ろうと新聞広告に出したところ…。危険な目にあううちに、ふいに恐怖の念におそわれた。死にたくない―。三島の考える命とは。
(「BOOK」データベースより)
いやー、もう、大好き。好き好き。三島由紀夫のエンタメ系は、面白いねぇ~。
極私的な好みの問題ですが、三島由紀夫は「憂国」とか「仮面」よりも、エンターティンメントに富んだ小説の方がグンと面白いと思います。
読みやすいから、という意見も無きにしも非ず。いやでもホントに面白いんだって。昭和40年のアングラポップな感じがプンプンする、泥臭いスマートさに満ちています。
ちなみに三島エンタメで一番のお気に入り小説は「肉体の学校」なんですが、何故か私の本棚から「肉体の学校」が見つからず、いまだに紹介できていないほんのむし。何故?何故探している本に限って姿を消すの?妖精さんの意地悪!(止めろ47歳)
そこで「肉体の学校」までのお気に入りとはならないまでも、ブッ飛び度合いで言ったらNo.1の「命売ります」をご紹介。
「ああ、世の中はこんな仕組になってるんだな」
それが突然わかった。わかったら、むしょうに死にたくなってしまったのである。
主人公の羽仁男がわかった“仕組み”とは、床に落ちた新聞の間にゴキブリが入り込んでから(きゃーっ)新聞の活字が全て赤黒いゴキブリの背中に変わってしまったこと。
意味分からん?そうね、でも、本の活字が全てゴキブリに変化してしまったら、私だって死にたくなるかもしれないわ。
さて、世の中の仕組がわかった羽仁男さん。ゴキブリの世界の生に意味を見出せず、自殺しようと試みましたがあえなく失敗。
そこで、どうせいらない命なら、どこかの誰かに売り渡してしまおうと考えた。
三流新聞に『命売ります』と広告を出して、アパートの扉にかけた『ライフ・フォア・セイル』のお洒落な看板。
命を買いたい方はそこら中にいらっしゃるようで、続々とアパートには顧客がやってきます。
「死んだあとのことで、何か私にたのんでおくことがあるかい?」」
「いや、別に。葬式も墓も何も要りません。ただ一つ僕はシャム猫を飼いたいと思いながら、億劫でとうとうチャンスがなかったので、僕が死んだら、僕の代わりにシャム猫を飼って下さるとありがたいです」
さてここからが面白い!
自殺しようと厭世的になっていた羽仁男さんですので、課せられた生命の危険(当然ね)なんてモノともしません。契約の遂行にあたっては、その意気や葉隠武士のごとく淡々と勇猛果敢に突き進みます。
で、それが良いのか悪いのか。
なかなか、死ねない。
人妻を誘惑して一緒に殺されるはずだったのが、人妻ひとりだけが死んで。
薬の人体実験に使われたはずが、同行した女の方が代わりに死んで。
吸血鬼に血を与えて死に至るはずが、吸血鬼が火事で死んで。
命を売るはずが、何故か死なずに報酬だけが入ってくる。
ガッポガッポと一月あまりで303万円も得てしまいました。いまの市場価値に換算すれば1200万円くらい!ひゃっほう。
契約の遂行にあたっては金銭的利益だけではなく、その過程で何人もの女性とのアバンチュール&肉体的な交歓がなされます。それはまるでジェームズ・ボンドのごとし。羽仁男チョーモテモテ。
あんまりにも上手いこと行ってるせいか、羽仁男の心の中ではだんだんと、売り渡したはずの命を守りたくなる変化が生まれます。
しかし、そうは問屋が卸さない!ここからさらに小説は加速。
買った命を渡せとばかりに、羽仁男を殺そうと目論む女はいるし、以前の契約に関連した外国の秘密結社は命を狙ってくるし、羽仁男くん大変。限りある命が大変。
逃げろや逃げろ、殺されちゃたまらんと逃亡!追っ手から身を隠すハードボイルドな世界に突入。ああ楽し。
商工会議所の横は、丁度日かげになって、二、三台の車が駐車していた。その中に一台、黒塗りの外車があって、ピカピカに磨き込んであって、美しかった。
「いい車ですねえ」
と外人は車を撫でるようにして通りすぎざま、当然のようにドアをあけたので、羽仁男はわが目を疑った。
「お乗りなさい」
と外人は低声で叱るように命じた。その手には拳銃が握られていた。
秘密結社ACS(アジア・コンフィデンシャル・サーヴィス)に捉えられた羽仁男さんの運命や如何に?
あー面白い。大好き。好き好き。三島由紀夫のエンタメ系は面白いねぇ。
三島由紀夫を小難しい文豪とお考えの人がいたら(いるのかな)「命売ります」でミシマの新たな一面を。スマートでお洒落で格好悪くてアングラポップな、エンターティンメント・ミシマが笑ってますよ。