SFショート・ショートを書かせては、その右に出る者がない当代の鬼才ブラウンの傑作集。彼が一言呪文を唱えるやいなや、悪魔は地獄の門を開いて読者にウィンクし、宇宙船は未来の空間を航行しはじめる。この現代の魔術師の導きで、二百万光年のかなたからやって来た宇宙人との冒険旅行、悪魔といっしょにランデブーを!
(Amazon内容紹介より)
ああ、困るわあ。
フレドリック・ブラウンのショート・ショート短編集を紹介するにあたって、どの話をチョイスすれば良いかが非常に悩ましい。
収録作品21編。長ければ57ページに及ぶ作品もあり、短ければたったの2ページ。
長短に関わりなく、どのストーリーも面白すぎて外せない。
こんな苦渋を強いるなんて貴方って罪な人ね(←誰に言ってる?)
まあ例えばですね。こんな話が。
幾何が苦手なヘンリー君が、切羽詰ってテスト前夜に悪魔を呼び出すことにしたんですよ。
黒魔術の本に従って準備を整え、チョークで床に五芒星(一筆書きの星型ですね。上の画像の左側)を書いて悪魔除けにして、さて悪魔を呼び出す呪文を…。
悪魔は彼の予想していたよりもかなり恐るべきものだった。しかし彼は勇気をふるいおこして、自分の置かれている苦境を説明しはじめた。
「ぼくはいつも幾何が苦手だったんですが……」と彼は語りかけた。
「ご親切にどうも」と悪魔はうれしそうに言った。
炎の微笑を浮かべながら悪魔はチョークの境界線を越えて彼のまぢかに迫った。ヘンリーが描いたのは五芒星形の防衛陣ではなく、彼はあやまって無力な六芒星形を描いてしまったのである。
六芒星形っつーのは、上の画像の右側。これじゃ結界にはなりません…。
で、この話のタイトルが「あたりまえ」
だ・よ・ね~!
しかしブラウンの小説は、上記みたいな、半ばジョークのようなオチだけではありません。
いやホントにマジでどれも面白いんだけど、他のストーリーは読んだ方だけのお楽しみとして(ちなみに「地獄の蜜月旅行」と「選ばれた男」がオススメよ)
妙な凄みのある、表題作「スポンサーから一言」をご紹介しましょう。
それは1954年6月9日水曜日の午後8時30分。
全世界の1954年6月9日水曜日の午後8時30分。
時差があったらその場所ごとの1954年6月9日水曜日の午後8時30分。もしその時に船に乗っているなどして日付変更線を跨いだりしていたら、その場所ごとの1954年6月9日水曜日の午後8時30分。
地球のどこにいても、世界中いたるところの1954年6月9日水曜日の午後8時30分。
世界中のラジオが一瞬、沈黙し、その後。
至ってもの静かで平凡な声が「スポンサーから一言」と言った。
その声には、なんともいいようのない響きがあって、そのために、カウンターにいた全部の人が聞き耳を立てた。
—(中略)—
凍りついたような一瞬。と、今度は違った声が、やはりラジオから「戦え」と言った。
ラジオの前で、ちょうど喧嘩をはじめようとしていた酔っ払いのふたりが、「戦え」と聞いてどうしたか。
また別の場所で、夫婦喧嘩の真っ最中だった夫婦が、「戦え」と聞いてどうしたか。
ホワイトハウスでラジオを聴いたアメリカ大統領が、「戦え」と聞いてどうしたか。
『わたしたちにはスポンサーがついているのです』と言った博士は、“スポンサー”は何者だと位置づけたか。
「人間にスポンサーがついているとすれば、そのスポンサーはあの命令がどういう結果をもたらすかを知っているはずで、その結果こそ——戦争であれ、平和であれ——彼が達成しようと望んだものなのです」
スポンサーが神なのか、それとも異次元の住人なのか、はたまた宇宙人なのか。それはわかりませんが。
もし今ラジオをつけたら、ヒットチャートの合間に、一瞬の沈黙があるかもしれない。
沈黙の後、あなたに向かって命じる“スポンサーから一言”に、あなただったらどう答えます?