喫茶店の店主が客を監禁・篭城する事件が発生した。交渉人に任命された遠野麻衣子に、篭城犯は「テレビカメラを駐車場に入れ、事件を中継しろ」と要求する。過去に犯人の幼い娘が少年によって惨殺された事件に動機があると推察するが、麻衣子たちは要求の真意を計りかねていた。そこへさらに突きつけられたのが、警察としては決して呑めない前代未聞の要求だった。解決策を探ろうと必死の交渉を続ける麻衣子の耳に、いきなり女性の悲鳴が聞こえる―。
(「BOOK」データベースより)
五十嵐貴久「交渉人」シリーズの3作目にあたります。
ちなみに前作の「交渉人 遠野麻衣子・最後の事件」は、最後の事件とタイトルにありますが、最後じゃありまっせーん。交渉人シリーズを順番に読みたい方はお間違えなきよう。
(なんで“最後の事件”なのかは、読んでみれば分かります)
今回の事件は喫茶店の立てこもり事件。
喫茶店アリサの店主が、自分の所持する猟銃を武器に、来店客を人質にとって立てこもります。
事件のはじまりかたがとっても良いの。犯人の福沢自らが、110番通報をして警察に事件を知らせます。
「福沢さん、もう一度確認します。誘拐ということですが、それはあなたが誘拐したということですか?」
「…そうです。そういうことになります。ただ、これはその…誘拐というべきものなのでしょうか」
「どういう意味ですか」
「つまりその…要するに店のお客さんを店内に監禁しているわけです。これは誘拐ということになるんでしょうか」
「つまり、あなたは店のお客さんを何らかの手段で脅かし、店内に閉じこめている。そういうことですね?」
「そうです。これは誘拐なのでしょうかね」
朴訥な調子で福沢が尋ねた。
普通の人が、もしも立てこもりをするような状況に陥って、自分で警察に電話をかけるとしたら。
映画みたいなワイルドで流暢な話しっぷりって、なかなかできないような気がするのですよ。
“誘拐”なのかどうなのか、とか、どうでも良い単語のチョイスに迷ったりしてね。この妙なまったり感がリアル。
とはいえ犯人の福沢さん、犯行準備は至って周到。
事件3ヶ月前から、篭城&監禁に向けて店内改装までしています。この改装費用は経費で落ちるのかな。犯罪は個人の罪だとしても、店内改装は業務上の費用だよな。自動ドアにしたのは客の利便性向上とも理由がつけられるしな。ああ、経理担当はこういうところが気になってしょうがない!
さてさて。
警視庁特殊犯罪捜査科の、我らが主人公遠野麻衣子が、立てこもり犯・福沢と電話で交渉を行ないます。
福沢の要求は、ある人間を現場に連れてくること。
その人物とは、過去に自分の娘を殺した男、小幡聖次。
犯行当時に15歳だったために、少年法により“少年A”として社会的に守られ、遺族としては納得いかないほどの、懲役3年弱という軽い処罰となった殺害犯。あ、未成年だから懲役じゃないか。医療少年院。
すでに釈放となっている彼をテレビ中継のカメラの前に立たせ、謝罪させたいという要求でした。
交渉は難航し、業を煮やした福沢が送りつけたものは、
人質の、耳。
今回の「交渉人・籠城」は正直言って、遠野麻衣子の交渉術がイマイチ。
1作目と2作目のような、切れの良いネゴシェーターぶりは影をひそめています。
でもっ!でもっ!何がすげーって、耳よ耳。
ちなみに全耳ではなくて、耳たぶ部分を切り取っているんだけど、それでも肉片よ肉片。
切ったのは鋏。ちょっきんなちょっきんな。
痛いのが怖くてピアスも開けられない私としては、読んでるだけで耳付近がゾワゾワしてきます。鋏でちょっきんな、は、場景とか痛みが想像できるだけにリアルで怖い。
で、その後、警察は“小幡聖次”を現場の喫茶店に連れてきて、福沢に謝罪をさせるとこになるのですが…。
謝罪のあとの、実は!のドンデン返しに関しては、ネタバレを避けて内緒にしておきます。
福沢の真の目的とは、いったい何だったのか。
それが分かった時に、“耳”の意味も、わかります。
娘を殺された遺族の思い。
その痛みは、耳たぶを切り落とされるよりも、はるかに痛いってことが。