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石持浅海「君がいなくても平気」

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水野勝が所属する携帯アクセサリーの開発チームが大ヒット商品を生み出した。だが祝勝会の翌日、チームリーダーの粕谷昇が社内で不審死を遂げる。死因はニコチン中毒。当初は事故と思われたが、水野は同僚で恋人でもある北見早智恵が犯人である決定的な証拠を見つけてしまう。なぜ、彼女が…!?人間のエゴと感情の相克を浮き彫りにする傑作ミステリー。
(「BOOK」データベースより)

この小説では、殺害の武器としてニコチンが使用されます。
煙草から抽出したニコチンで、犯人は二人の男性を首尾よく殺害。
えーそんな素人が簡単に純度の高いニコチンを精製することなんて出来るのー?と、インターネットの広い海で色々と検索してみたところ、わんさと『簡単なニコチンによる殺人の方法』が出てきてドキドキしている私です。
なにがドキドキって、我が家の旦那はヘビースモーカー。喫煙者の特性を活かして旦那を殺そうと思ったら、完全犯罪がわりと簡単に出来ちゃうという事実にドキドキ。
ネットの嘘を鵜呑みにする危険も承知の上で、ここはひとつじっくりと『君がいなくても平気』な可能性について考えてみるべきか、とか、思ったり思わなかったり。
 

おーい、さくらの旦那さーん。この先突然、保険金の掛け金が増えたら要注意よー。
 

さくらの心の闇はさておき。「君がいなくても平気」は、なにも殺された被害者がいなくても平気っていう内容の小説ではありません。
この場合の“君”とは、加害者のこと。
恋人が殺人犯である事実に気付いた主人公の水野が、恋人が警察に捕まる前に(もしくは自分も殺される前に)別れて、沈む船からさっさと逃げ出せと目論む、エゴイズム感あふれるThe Great Escapeです。

ブラウスの下から手を入れて、乳房を強く握った。早智恵が悦びの声を上げる。その声に、股間がまた反応する。もっとだ。もっと乱暴にする。暴力的に犯す。そうしなければならない。
そして君とは別れる。
別れなければならないんだ。
だって、僕は自分自身が大切だ。

作者の石持浅海が「『自分は、決して彼のようにはしない』と考えながら読んでいただければ」と巻頭で言っているように、主人公の水野くんは自己中で、エゴイストで、ヘタレで、優柔不断で、役立たずの、まるで読者が感情移入し難いクズっぷりです。
犯人を特定できたのも偶然のなせるわざなので、ミステリの探偵役のように閃きとロジックがあった訳ではありません(ちなみにこの小説の探偵役は別の人)
でもまあ現実の世界に置き換えれば、世の中の殆どの人はヘタレで及び腰なのかもしれませんけどね。
 

犯人(フーダニット)も分かってる。犯行方法(ハウダニット)も分かってる。動機(ホワイダニット)も途中で分かる。
いわゆるミステリの肝とされる3つが、かなり早い時点からあからさまになっている「君がいなくても平気」を、ミステリとしてクローズにするために、さあどう料理する石持さんよ。

主人公のクズっぷりに読んでいてイライラしながら、それでも何故かモテモテの水野くんの存在が一番の謎かもしれません。
彼の自己中心的な性格は、歴代の彼女からも都度指摘されている模様。今回のヘタレMAX“突然に犯罪に直面した衝撃”ではなく、そもそもの存在がクズってことですね。
でも来し方彼女が切れることなく、今カノも顔・スタイル・性格三拍子揃って良好。ただひとつの瑕疵は連続殺人犯であるという点のみ。
なおかつ、事件の途中でも粉をかけてくる同僚の存在もあり、確かに「君がいなくても」女には困らなさそうです。なんでだ?何故こんなにモテモテ?フェロモンでも出てんのか?
 

そんな一生モテキの水野くんな筈なのに、殺人事件が起きてから彼女との性生活がお盛んになってしまい『ああどうしましょう体がいうこときかないの』と、昼メロの奥様のように言い訳しながらサカっています。
やっぱあれですかね。吊り橋効果というか、異常な状況下で燃えるっつー奴ですか。石持浅海もサービス精神旺盛に、水野と彼女のセックスシーンはねっちりもっちり丹念に記述しています。そこまで丹念に書かんで良いよ。渡辺淳一じゃないんだから。
 

で、身体に引っ張られて心が追従するのか、最後の対決シーンで水野くんは『僕は彼女を、本当は心から愛していたんだ!』と痛感し、炎の前で彼女を思い涙するラストになだれこみますが。
いや、それ、単なる性欲だから。痛んでいるのはハートじゃなくって股間だから。
 

だって、ねえ?
ラストで明かされる彼女(犯人)の気持ちなんて、傍から見ていたらドン引きものですよ。
彼女が自分の携帯に設定していた水野くんからの着メロなんて、皆さん聞いて驚きよ?なんとまさかの『てんとうむしのサンバ』よ?
 

水野の目から、涙が溢れた。
遅すぎる。
遅すぎるとわかっている。
それでも、たった今、ようやく水野は早智恵の心を理解していた。
早智恵は、水野を愛してくれていたのだ。結婚したいと思うほどに。それなのに水野があまりに淡白なものだから、言い出せなかった。自分も大人のふりをして、さっぱりとつき合っていた。でも本心では、早智恵は水野を愛していた。

水野くんは感動してますけど、ちょっと待ってくれよ。プロポーズを待っている彼氏からの着メロを結婚ソングにしている女って、怖くねーか?
しかも「君がいなくても平気」の発刊は2009年。二十一世紀の若者がチェリッシュ聴くか?着メロにチョイスするか?
 

“元気印”の“いつも明るい”彼女の、秘かなる昭和的な心の闇が「てんとうむしのサンバ」に現されるような気がして、ちょっと心寒い気がしてなりません。
もし今回の事件が起こらず、普通の恋人同士の毎日が続いていたとしても、やっぱりこの女はどこかヤバい気がする…彼氏からの着信がある度に「てんとうむしのサンバ」を聴いている女はどこかヤバい気がする。
 

「ああ」
ひどく冷めた声で言った。
「僕は君を愛している。でも、君がいなくても平気だ」
早智恵は笑顔でうなづいた。

クズ水野くんが結果として、今回の事件により彼女と別れることができたのは(どのような別れだったのかはともかく)彼にとって僥倖であったと思わざるをえません。
つまりこの本の教訓は「地雷女には要注意☠」ってことでオッケー?オッケーなの?
オッケーじゃあ、ないな。

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