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荻原浩「ママの狙撃銃」

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「もう一度、仕事をしてみないか」ふたりの子どもにも恵まれ、幸福な日々を送る福田曜子の元に届いた25年ぶりの仕事の依頼。幼い頃アメリカで暮らした曜子は、祖父エドからあらゆることを教わった。射撃、格闘技、銃の分解・組み立て…。そう、祖父の職業は暗殺者だった。そして曜子は、かつて一度だけ「仕事」をしたことがあった―。家族を守るため、曜子は再びレミントンM700を手にする。荻原浩の新たな地平。“読み出したら止まらない”サスペンス・ハードボイルド。
(「BOOK」データベースより)

ゴルゴ13のデューク東郷の名台詞は『俺の後ろに立つな』
すっ裸の白人娼婦をパンチでぶっとばしたりしてますからね。後ろに立つのは、ご用心。
 

対して「ママの狙撃銃」の曜子の後ろには、バンバン人が立っています。
普通の人だけじゃなくって、頭から血と脳漿を噴き出させたオスカー・コーネリアス氏と、バスタオル姿で耳元に穴を穿ったクレイグ・リアドン氏。
曜子が殺した相手の幻影は、曜子の周囲に影のように寄り添って、物言わず立っています。

——死は無だ。暗黒だ。何も見えない暗闇と、何も聴こえない静寂を想像するとたまらなくなるんだ。私が暗殺させた人間達が目の前に現れて囁くんだよ。死は恐ろしい。お前も早く味わいに来いって。
どうやらKも曜子と同じように、自分が死に導いた人間たちの幻影に悩まされているらしい。
そうか、コーネリアスやリアドンは、そのうち囁きはじめるのか。

小さな坪庭でガーデニングに精を出す曜子さんは、中学生の娘と幼稚園児の息子を持つ専業主婦。
ちょっと(?)頼りなげな夫は、最近リストラで会社を退職し、友人とベンチャー企業を起こそうとしているところ。
どこからどう見ても成功しそうにない起業計画で、住宅ローンと娘の学費と息子のスイミングスクール代が気がかりな毎日。
 

平凡な主婦の曜子が、子供たちにも話していない秘密は、彼女が子供の頃、アメリカ人の祖父の元で暮らしていた帰国子女であるという話。
そして夫にも話していない秘密は、その祖父が、プロの暗殺者であった話。
 

鉢植えで発見したなめくじ退治が最近一番の殺戮であった曜子の自宅にかかってきた1本の電話が、封印してきたタイムカプセルの蓋を開けました。

——相変わらず私に冷たいな。だがな、リトルガール。よく言うじゃないか。一度鈴をつけた雌牛は牧場から離れることはできないってね。

諸般、主に金銭的な事情から25年ぶりに暗殺を請け負うことになった曜子ですが、そこはそれ、一家の主婦の立場としては家庭もおろそかにできません。
朝のゴミ出しをしながら、ゴミ袋をウェイトにして指の筋トレに励み、分解したライフル銃は下仁田ネギとフランスパンの中に隠す。
暗殺当日の息子の預け先に悩み、夫には『高校の同窓会で』と、まるで浮気をするかのような言い訳をして家を出る。
 

子供の発熱や学校でのイジメに頭を悩ませる母の姿と、慎重かつ冷静に事を運ばせる暗殺者の姿が、くるくるくるりと回るコインの裏表の絵柄になります。
果たして、コインが倒れたときにどっちの絵が見えるのか。

彼らは私に何を語ろうとするだろう。
生物学的には、死はひとつの肉体の活動停止にしかすぎないのだろうが、一人の死は、周囲の人間に精神的な影響を及ぼす。悲しみや怒りや動揺や空虚、喪失、その他いろいろと。
その人物を殺した人間にだって、そうした影響は訪れる。他人に死をもたらすと、その人間の死を背負ってしまうのだ。いまの曜子には、そのことがはっきりとわかっていた。

荻原浩はいつも“笑って・切なくて・最後にほっこり”のイメージですが、「ママの狙撃銃」に関してはそのイメージを裏切ります。
ほっこりしない。全然ほっこりしません。
かといって「明日の記憶」のように、切ないけれどジーン…という感動もなく、正直言って心寒々しい終わり方をします。
別に曜子が死ぬとか、逮捕されるとかじゃありませんし、順当に行けば再び平凡な主婦として、家族と幸せな生活が築けるようになってメデタシメデタシ☆とも言えるかもしれませんが、なんてったって、ホラ、ご自宅にはコーネリアスさんとリアドンさんもいらいっしゃいますし。
最後にはもうひとりお仲間も増えますし。
 

小さな建売住宅に家族4人、プラス、3名の男の幻影と一緒の生活では、ちょっと手狭になりつつあります。
やがて彼らが囁きはじめたら、昼夜を問わないパーティピーポー。家族と幸せな日常を送るには、ちょっと彼女には重い枷。

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