「うでがでぶか」。借金まみれの俺は、わけのわからぬまま、“デブ”を、黄色いスパイダーに乗せて北へ向かった……表題作の「デブを捨てに」をはじめ、〈シュール〉な設定、乾いた〈ユーモア〉と、エッジの効いた〈表現〉で、〈最悪の状況〉に巻き込まれた男たちを、独特のスピード感あふれる文体で、泥沼のような日常を疾走するように描く。
どこへ行くのかわからないスリルをあなたにお届けする、全四編の平山夢明〈最悪劇場〉。これぞ、小説表現の極北を目指す著者の真骨頂。
「まあ、大変、買わなくちゃだわ」
(「BOOK」データベースより)
日本語は、文章の2フレーズのどっちが先か後かで重要度が変わる。
「彼は貧乏だけど、イケメンなのよね~」
「彼はイケメンだけど、貧乏なのよね~」
発言者が、金と顔のどちらに比重を置いているかが、よく分かるじゃありませんか。
では、この小説「デブを捨てに」の場合はいかがでしょう?
「登場人物はゲスばっかりだけど、妙にスッキリした終わり方なのよね~」
「何だか妙にスッキリした終わり方だけど、やっぱりゲスはゲスよねえ~」
んー、どっちかな?
まあ、どちらにしてもゲスに変わりはないのだけれど。
「ハラミです。よろしく御願いします」
女が顔を上げた時には既にボーイの姿は消えていて、チェンジというか、「おい、これ注文と違うよ」という顔をすることもできなかった。伸びきった肩ストラップの隙間から女のくたびれたオッパイが終わったあやつり人形のようにだれているのが見えた。女はせこい網棚の上にあるハート型のキッチンタイマーを押すと「三十分ね。あっという間だからどんどんやるよ!」と手にぺっぺっと唾をつけた。
俺は予防注射を受けに来たような気分になった。
ちなみに、上記の登場人物の名前は私のタイプミスじゃありませんよ。
収録作『顔が不自由で素敵な売女』に出てくる風俗嬢ハラミちゃんの属するお店“叙々苑”では、お嬢さん方の源氏名が全員、焼肉のメニュー名。ほら、叙々苑だから。
カルビちゃんとかね、ギアラちゃんとか居るわけですよ。なので、ハラミちゃんは横隔膜のハラミちゃんで、正しい。
さて。
過日ほんのむしで、江戸川乱歩先生の『白昼夢』をご紹介したとき、私はこう書きました。
このショートショート、乱歩というより、なんだか平山夢明みたい。
となると、じゃあ平山夢明の小説はどんなもんじゃいな、と思ってみたりしませんか?しませんかそうですか。
私は思いましてね。これまで平山夢明は都市伝説・怖い話シリーズしか読んだことがなかったので、読んでみた訳ですよ。
そしたら、まあ。びっくりするくらいクズとゲスのオンパレードでしてねえ。
「だから、おまえが捨ててこい」
<え>と反射的に口をついた。でも<なにをですか?>とは云わず、黙っていた。
「デブを」
ゴーリーは青黒い下で唇を湿らせた。
「……二度と俺の目に付かないように捨ててこい」
俺は顔を上げた。ゴーリーは怖い顔をしていた。冗談ではないようだった。
「デブを、だ。そうすれば腕は折らずに返済を待ってやる」
表題作『デブを捨てに』の主人公も、そのひとり。期待にたがわぬゲス。
借金まみれで骨折り損(比喩じゃない)のクズ男と、超重量級百貫デブ女のロードストーリー。
デブを“捨て”に行くために、北方先生が大好きなマセラッティ・ビトルボ・スパイダーに乗り込んで、<サカガワ米穀店・銀次>の元まで二人旅。
スパイダーの助手席に、デブの尻が収まるかどうかが、もっかの悩み。
短編集「デブを捨てに」には、計4つの短編が収録されているのですが。
上記の借金持ち骨折男だけじゃなく、4つの短編すべての登場人物が、全員クズ。クズオールスターズ。
バスケで言ったらドリームチームです。野球で言ったらオールスターゲーム。
どちらを向いてもどこを見ても、見事なまでにゲスとクズとロクデナシしか出てこない。
いや、もういっそ清清しいくらいです。
しかしながら、そのクズ男さん&クズ子さん。
何故だかどの短編も、ラストシーンだけは妙になんだか明るく、不思議なくらいにさわやかな終わり方をしちゃってるんです。
『マミーボコボコ』では、35年前に捨てた娘の元へ、父が帰り。
(ちなみに娘が産んだ10人の孫の名前は、愛永遠(まとわ)、銀朗(うるふ)、杏出泉(あんでるせん)、希助虎(のすとら)、聖琉翔(せるしお)、美波瑠璃(びばるり)、美神(びしぬ)、射夢(しゃむ)、無大(むにえる)、流吹(るふぃ)、心感染(しんかんせん)、可梨実(かなしみ)。すっげぇ)
『いんちき小僧』では、ニセモノの覚せい剤を売りさばいていた小学生ダンスィが見知らぬ女を母のように優しく抱き。
『顔が不自由で素敵な売女』では、風俗嬢ハラミちゃんが優しくされたご恩返しに居酒屋の客を刺し殺して。
そして『デブを捨てに』では、捨てられる予定の超重量級デブ女が旅の資金を稼ぐためにフードファイトにいそしみ。
「悪いが、あんた一人で帰ってくれ」
「ええ?」
「ほんま、堪忍やが。わしはこのまま帰るわけにはいかへん。それはできん」おっさんは札を一枚抜き取って財布を俺の手に押しつけました。「わしは娘への借りを返さなあかんねん。知ってしまった以上、もうこれ以上、しらんふりはでけん」
おっさんはそう云うとホームへ降りてしまいました。
「おっさん!」
「これでええ!わしが決めたことや。これでわしは満足や!」
ドアが閉まり、電車が動き始めました。
おっさんは何度も頭を下げ、手を振りました。
俺も窓から身を乗り出しておっさんの姿が見えなくなるまで手を振りました。
(『マミーボコボコ』より)
まるで映画のラストのような、感動的な二人の別れ際ですが。
でも二人のどっちも、クズでロクデナシなんですが。
日本語は、文章の2フレーズのどっちが先か後かで重要度が変わる。
「ゲスでクズだけどスッキリ」
「スッキリするけどゲスでクズ」
んー、どっちかな?
どちらにしても、あんまり変わりがないってのも、どうかと思いますけどね。