私は娼婦という職業選択をするつもりは毛頭ないけれど、
「マダム・アナイス」で働く人にはなりたい。
もしくは「マダム・アナイス」の会員客になりたい。どっちでもいい。ただマダムに会いたいの。
「恋は御法度よ」会員制娼館のマダム塔子は言った。
娘と親友を亡くす不幸のどん底から、高級娼婦という仕事に行き着いた奈月(32)。
青山に佇むその旧い館には、白檀の香りと真に拮抗する男女の関係があった。
身体をぶつけ合い、生の実感を取り戻す奈月は、やがてマダム塔子の過去を知ることになる―。
怒りと悲しみに満ちた人生が交錯し、身体から再生していく日日を描いた全く新しい衝撃作。
(「BOOK」データベースより)
この小説の登場人物の死亡率の高さは、村上春樹の「ノルウェイの森」に匹敵する。
バッタバッタ死ぬ死ぬみんな死ぬ。
全294ページの小説の中で、娘の舞、友人の麻衣子、麻衣子の父、呉服屋の若旦那(ボールペンがっ・・・!)マダムの娘の5名が死亡。
対して、登場した中で(ある程度名前があがっているレベルで)まだ生きているのは
奈月、川端、マダム、野崎、奈月の母、奈月の最初の客、麻衣子の妹、塚本の8名。
5名 + 8名 =13名。
登場人物のうちおよそ39%が死亡している。致死率40%といったらMERSコロナウイルス並。
MERSコロナウイルス(マーズコロナウイルス、英: Middle East respiratory syndrome coronavirus, MERS-CoV)は中東呼吸器症候群 (Middle East respiratory syndrome, MERS) の病原体であり、SARSコロナウイルスに似たコロナウイルス(ベータ型)で、2012年にイギリスロンドンで確認された。
2015年6月16日現在の合計では、1293人感染(韓国180人を含む)458人死亡。感染地域は2015年5月に韓国、中国に広がった。
(wikipediaより)
バッタバッタ人が死ぬことにより生じる喪失感とか無力感。
それらを抱えながら、それぞれが諦念と再生に向かって歩いていく姿がこの小説の主題・・・と言われるような気もするけれど、
それよりも私は、小池真理子はただ単に「マダム・アナイス」を描きたかったんじゃないかという気がする。
というくらい、青山の裏通りに佇む娼館「マダム・アナイス」は美しいのです。
「マダム・アナイス」の会員男性は、入会金1000万円、年会費300万円。たっかー!
単に金さえ出せば入れるという訳ではなく、入会が許されるのはマダムの審美眼に叶う知性と品性をもった男性のみ。
毎夜毎夜の9時から夜中の1時まで、青山のサロンに若く美貌の(かつ、マダムが言うところの教養がある)女性達が集い、食事をしたり、お酒を飲んだり、本を読んだりトランプしたりして、水槽の中の金魚みたいに思い思いに過ごしている。
男性客は金魚たちと一緒におしゃべりをしても良いし、お酒を飲んでも良いし、ただ眺めているだけでも良い。
もちろん娼館の主目的を果たしたければそれもあり。
“娼館の因業ばばあ”であるマダム塔子は、シルクの白いブラウスに黒のロングスカート、身につけているアクセサリーはカメオのブローチと、古い英国映画のヒロインのようないでたちで、完璧なふるまいで「マダム・アナイス」を統治している。
そして奈月のアナイス・デビューの相手は、品があってスタイリッシュで思いやりのある素敵な初老男性。
こんなエスコート上手な男性ならば、腹が出てるなんて気にしないぜ。
アンティークの陶磁器のように、繊細で、硬質で、清冽な娼館。
作者はヴェネチアの高級遊女とその舞台を、日本に登場させたかったのではないかと思われてならないのです。夢の世界ですけどね。
現実の娼館(という言い方すらしないか)は、予想するよりももっと汚く、辛い世界でしょうから。小説は夢も描ける。だって小説だもの。それで良いじゃない。