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メアリ・H・クラーク「子供たちはどこにいる」

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夫の声がきこえる――ナンシー、どうしたんだ?子供たちはどこにいる?七年前の実子殺害容疑は、証人が姿を消したため、かろうじて有罪を免れた。頼もしい男と出会い、二人の子供に恵まれ、忌まわしい過去を振り捨てて、新しい生活が始まった。しかし、またもや子供たちは、いなくなった。吹きすさぶ嵐のなか、息づまる恐怖とサスペンスが、容赦なくあなたの心を締めつける。
(新潮文庫 内容紹介より)

このブログ「ほんのむし」をはじめて楽しいことのひとつは、昔の引き出しを開ける作業ができること。
本棚に並べっぱなしで放ったらかしにしていた本を、もう一度読み返す楽しみができました。もう既に処分済の本を再読すべくAmazonポチっとなをしてみたり、図書館に通ったり。
記憶の底に仕舞いこまれていた本の存在が、ポコンポコンと頭に浮かび上がってくるのは、同窓会みたいな懐かしさがあります。
 

そして悲しいことのひとつが、そうやってポコンポコンと浮かんできた本がかなりの確立で、今はもう絶版になっているという事実を知ること。
過去にあんなにも愛した書物が、今では人の目に触れず忘れ去られているのは哀れ也。例えて言うなら元カレがホームレスになって道端で寝転がっているのを見掛けたような衝撃でしょうか。
 

過去の男がどうなろうと知ったこっちゃないですが、過去の本はいつまでも私の心の中に。ラブイズフォーエバーよ。
 

メアリ・H・クラークの「子供たちはどこにいる」も、そんな一冊。
もーちーろーん、これも絶版本です。しくしく。
 

絶版になったからといって、それすなわちつまらない本という訳じゃない。
今読んでも、何度読んでも、ドッキドキしちゃうサスペンスです。

あすだ!あすのいまごろ、彼女がどんな顔をしているかが目に見えるようだ。化けの皮をひんむかれ、苦悩と恐怖に腑抜けのようになって、なんとか質問に答えようとしている……七年前、警察によってくりかえし投げかけられたのとおなじ質問に。
「さあ、言いなさい。ナンシー」警察は今度もそう言うだろう。「すっかり吐いてしまうんだ。ほんとうのことを言いなさい。いつまでも隠しおおせられるもんじゃないのはわかっているだろう。さあ、ナンシー、言うんだ——子供たちはどこにいる?」

主人公のナンシーは、マサチューセッツ州ケープ・コッドで夫と子供二人と暮らす主婦です。
地味で引っ込み思案で、いつもオドオドと物陰に隠れているような幼顔の女性でした。
 

ナンシーがいつも目立たぬようにしているのには理由がありました。
それは彼女が7年前、一時は死刑も求刑されたある事件の容疑者だったらから。
容疑は殺人。実の娘と息子を殺害した犯人として。
 

証拠不十分で無罪判決は下りたものの、傷心の夫は海に身を投げて自殺し、彼女はアメリカ中から好奇と疑惑の目で見られ続けるようになりました。
 

髪を染めて身を隠し、遠くに転居してから7年後、ナンシーは彼女の身の上を知る男性と再婚します。
新たに二人の子供にめぐまれ、ようやっと静かで安らぎのある生活を手に入れた、筈が。
彼女の誕生日に、自宅に配達された新聞。
『ケープ・コッド・コミュニティ・ニュース』に大きく掲載されているのは、かつての法廷での彼女と、現在の彼女をうつした写真。

記事の一行目にはこうあった——「この広い空のどこかで、ナンシー・ハーモンはきょう、三十二回目の誕生日を祝っているはずである。そして同時に、自ら手にかけた子供たちの、七回目の忌日をも」

新聞を見てパニックに陥った彼女。そして気付きます。外で遊んでいた子供たちの声がしないと。
裏庭で揺れている、主の居ないブランコ。鎖に引っかかっていた片方だけの赤いミトン。氷が張る直前の誰もいない湖。近付いてくる嵐。
 

子供たちはどこにいる?

この本では、そもそもの1ページ目から真犯人の描写がされているので、このブログでももったいつけずに結論を書いちゃいましょう。
子供をさらった犯人、かつ、過去の殺人を犯した犯人は、かつての彼女の夫カール・ハーモン教授です。今はケープ・コッドのお屋敷『観望荘』の間借り人コートニー・パリッシュと名乗っています。
体重を増やして変装して、ナンシーにばれないように彼女を見続けていた男。
 

彼には幼児性愛ペドフィリアの性癖があり、童顔のナンシーを幼女のように偏愛していました。率直に言えばただのロリコン野郎です。
ナンシーとの結婚のために彼女の母親を殺し、ナンシーと結婚した後は、薬物によって心身ともに彼女をコントロールし、娘が産まれたあとは偏愛の対象を実の娘にうつし、実子への性的虐待が明るみに出そうになったために二人の子供を殺害した男。
メアリ・H・クラークの小説には異常性格者がよく出てきますが、カールはその中でも異常偏差値高めの成績優秀者。うーむ。

溜息をひとつ——たまっていたものを一気に吐き出すような、呻きに似た吐息をもらすと、少女を抱き上げ、そのぐんにゃりした身体を抱きしめた。三歳。ちょうどいい年ごろ、美しい盛りだ。少女が身動きして、目をひらこうとしはじめた。「ママ、ママ…….」弱々しく、大儀そうな泣き声——なんと愛らしい、なんといとおしい声だろう。

消えた子供の行方を捜すために、ナンシーは尋問にかけられます。
過去のトラウマと現状のパニックから、どんどん彼女に不利な状況に陥りそうになりながらも、少数の味方といくつかの偶然から、少しずつ霧が晴れてくる。
 

水に恐怖心があったカール。新聞記事に書いてあった、死んだ娘のカーディガンの服装。浴槽のあひる。万引きされたベビーパウダー。『あいつ、すごく肥っちゃったな』とテレビを見て言ったニール。ガレージに転がっていたミトン。
 

複数の場所で起きたいくつかの事柄が集まるごとに、ナンシーや周囲に真相への道筋が見えてきます。
パチンパチンと電灯のスイッチが押されて、段々と部屋が明るくなっていくように。
 

見えた道の先にあるのは、ケープ・コッドを一望する見晴らし台にある、観望荘。
住んでいるのは間借り人のコートニー・パリッシュ。かつての名は、カール・ハーモン教授。

車回しのアプローチで、彼女は足をすべられて転んだ。だが、膝に鋭い痛みが走るのも意に介さず、ひたすら観望荘にむかって走った。ああ、どうか手遅れでありませんように。お願いです、どうかまにあいますように。さながら目の前で雲が切れるように、まざまざとある情景がよみがえった——粗末な寝台の上のリザとピーターを見おろしている自分の姿……水につかっていたために、白茶けて、ふくれあがった二人の顔……そこにへばりついたままになっているビニール袋の切れ端。どうか神さま——彼女は祈願した。どうか、どうかまにあいますように!

観望荘で、コートニー・パリッシュ、かつての夫カール・ハーモンと対決したナンシーは、現在の夫レイの助けを借りて生き延びます。二人の子供たちも。
過去の亡霊から解放されたナンシーは、愛する現在の夫と二人の子供たちと共に、これからは前を向いて行こう…という希望を暗示させるラスト。火曜サスペンス劇場のラストっぽい、すっきりした終わり方。ああ、やっぱりサスペンスの終わりはこうでなくっちゃ。
 

昔の小説ではありますが、異常性格者の犯罪、小児性愛、性的虐待、DV、冤罪…と、今現在でも共通する題材がてんこもり。いま読んでも古い感じは全く致しません。
さすがメアリ・H・クラーク代表作(多分)何度読んでもやっぱり面白い。いまこの小説が流通していなのは、寂しいなあ。

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