スティーブン・キング「シャイニング」

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《景観荘》ホテルはコロラド山中にあり、世界で最も美しいたたずまいをもつリゾート・ホテルのひとつだが、冬季には零下25度の酷寒と積雪に閉ざされ、外界から完全に隔離される。そのホテルに一冬の管理人として住みこんだ、作家とその妻と5歳の少年。が、そこには、ひそかに爪をとぐ何かがいて、そのときを待ち受けるのだ!
(「BOOK」データベースより)

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ジャック・ニコルソンが斧でドアをブチ破ったドアから顔をのぞかせるシーンがあまりにも有名な映画「シャイニング」の出来については、原作者のキングが超チョー不満を持っているというのも有名な話。

「私の小説は熱いが、映画は冷たい。原作のジャック・トランスは、なんとかして“善”であろうとしながらも、少しずつ狂気に追いやられていく人物として描いた。だが、映画のジャック・ニコルソンは、登場してきた瞬間から狂っているようにしか見えない。そしてウェンディの描き方は、あまりに女性蔑視的すぎる」
(2014年米ローリング・ストーン インタビューより)

原作に比べて映画版は怖くないと評価する方もいらっしゃるようですが、怖さに関しては個人的にはイーブンかな。双子の女の子とか充分怖いし。
夜中のバーにバーテンターが現れるシーンなどは、原作も映画も、どっちもタメ張る恐ろしさです。

とはいえ、上記で引用したキングのインタビューでの発言は、確かにもっともだと言わざるを得ません。
キューブリックさんよ、ジャックをそんなに薄っぺらく撮っちゃって、良かったわけ?

「ときどきぼく、いっそぼくが死んじゃったほうがよかったと思うよ。あれはぼくのせいだったんだ。なにもかもぼくのせいなんだ」

「シャイニング」の“シャイニング”とは、息子ダニーが持っている超常能力のこと。
同じ能力を持っているコックのハローランさんは、それを“かがやき”と呼んでいます。

超能力とは言っても、具体的にどんな“能力”かっていうのは判然としません。ハローランさんとはテレパシーで会話ができるけど、それ以外は『ひらめき』とか『勘』とか、普通の子供でもよく見がちなイマジナリーフレンド(但し優しいフレンドに非ず)が出てきたりとか、『感受性の鋭い子供』の域を出ない。
他人には分からない、ダニー自身にもよくわかっていない“かがやき”

その“かがやき”を持った少年が、“悪意のある何か”の居るホテルに到来してしまった。
“悪意のある何か”は、少年の“かがやき”を欲していた。

少年を手に入れるために目をつけたのが、ダニーのお父さん。そう、映画でジャック・ニコルソンが演じた父ジャック・トランス氏は、『将を射んと欲すれば先ず馬を射よ』の『馬』にさせられた人物なのです。

パパ、事故にあったの?ぼく、パパが事故にあった夢を見たよ。

そもそも「シャイニング」のあらすじを知らない人は、そこらへんの映画レビューサイトでも見てきてください。
このブログでは、映画版と原作との相違点を書いていきましょう。

まず、トニー。
息子ダニーのイマジナリー・フレンドですが、小説ではトニーはダニーの守護霊的な存在。ダニーを守るためにいくつかのメッセージをよこし、最終的にはホテルの亡霊に邪魔されて姿を現せなくなってしまいます。しかし映画版トニーくんはダニーの人差し指をクイクイ動かすくらいしか出来ない。トニー役にたたないっつーの。

そしてハローランさん。
小説では、最後にハローランさんが居なかったらホテルから脱出できなかっただろうという重要なパーツですが、映画じゃ、映画じゃねえ!
ハローランさん、父親狂って大騒ぎの最中にホテルまで駆けつけたと思いきや、到着後にあっさりジャックに殺されて死亡。な、何しに来たハロラン。

次にお母さんのウェンディ。
キングが『女性蔑視的すぎる』と言った映画版ウェンディですが、ウェンディに関しては私は映画版の方が好みだったりします。
小説のウェンディはねえ、70年代の女性的な気負いが立ちすぎて、確かにちょっとこれではダンナも追いつめられるかもねえという感が無きにしも非ず。
あ、あと映画版ウェンディの『THE・恐怖!』の顔芸が好きって理由も、ちょっとある。

そしてそして。父親のジャック。
小説家を志す知識人。でもちょっと気弱で、ちょっと甘ったれ。
その甘さ故にアルコールに飲まれた時期もあり、そのせいで幼いダニーに怪我を負わせたこともありました。
でも、妻を愛し、息子を愛する普通の人。オーバールック・ホテルがもし普通のホテルで、一冬を無事に過ごせたとしても、彼が小説をものに出来たかどうかははなばだ疑問ではありますが、それでも彼が狂気に捕われることはなかったでしょう。ホテルが彼を絡めとることがなければ。
小説「シャイニング」では、ホテルの邪悪な意志がジャックを支配し、傀儡となって家族を襲いはじめます。
対して、映画「シャイニング」では、ジャック自身が創作の行き詰まりから精神を病んで幻影を見始めるような流れに。
えー、じゃあホテル要らないじゃん。夫が突然包丁持って追い回すだけだったら、ホラーじゃなくて家庭内DVの話じゃんか。

「ドック」と、ジャック・トランスの声が言った。「ここから逃げるんだ。すぐに。そして忘れるな、パパがどれほど深くおまえを愛しているかを」
「いやだ」ダニーは答えた。
「おい、ダニー。言うことを聞くんだ——」
「だめだってば」ダニーは言うと、血にまみれた父の手をとって、くちづけした。「もうほとんどおしまいなんだよ」

もう、ほんと、パパ。パパ~っ!

父の一瞬のよみがえりと、家族愛の切なさに胸絞られる原作に対して、映画版ではジャックが正体を取り戻すこともなくお庭で迷子になって凍死するだけ。迷子って!迷子って!
ジャックさん、あなた富士急ハイランドの「戦慄迷宮」入ったら、そこで死んじゃうかもよ?!

さらに映画版のジャックで納得いかないのが、映画ラストに映される古いオーバールック・ホテルの写真。
モノクロの写真の中には、ホテルの従業員達と肩を並べて笑う、ジャックの笑顔が…。
えー何?何なの?これってもしかして『ジャックは元々幽霊ホテルの一員だったから、帰ってきたんだね☆ちゃお!』って事?
わからない。わからないよママン。キューブリック先生の言わんとするところがボクにはわからない。
もう疲れたよパトラッシュ。

てな訳で、冒頭に引用した原作者キングの発言は、確かにそりゃあもっともだと言わざるを得ません。
映画単体で観るならば、充分怖いし、ドキドキものなんだけど。キューブリック監督も好きなんだけどさあ。
ハローランさんだけはなあ…殺すなよなあ…。

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レビュアー: さくら
さくら
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