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若竹七海「暗い越流」

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5年前、通りかかった犬に吠えられ飼い主と口論になった末に逆上し車で暴走、死者5名、重軽傷者23名という事件を引き起こした最低の死刑囚・磯崎保にファンレターが届いた。その差出人・山本優子の素性を調べるよう依頼された「私」は、彼女が5年前の嵐の晩に失踪し、行方が知れないことをつきとめる。優子の家を訪ねた「私」は、山本家と磯崎家が目と鼻の先であることに気づいた。折しも超大型台風の上陸が迫っていた…(「暗い越流」)。第66回日本推理作家協会賞“短編部門”受賞作「暗い越流」を収録。短編ミステリーの醍醐味と、著者らしいビターな読み味を堪能できる傑作集!!
(「BOOK」データベースより)

不運な女探偵、葉村晶さんシリーズの短編集。

相変わらずグッと不運、グッと満身創痍です。

もともとフリーの探偵というだけでも経済的に不安定な生活だったというのに、葉村さんにお仕事をまわしてくれていた事務所の所長さんがラクラクご隠居をされた後には探偵業の仕事すら来なくなってしまいました。

独身女、40にしてフリーター。

賃稼ぎのためオカルト系雑誌の取材同行で心霊スポットをめぐる仕事まで請け負ったり。またそこで不運なトラブルに巻き込まれたり。

探偵稼業ですらなく、古本屋でアルバイトまではじめたり。

またそこで不運なトラブルに巻き込まれたり。

ちなみにその古本屋では、別の書籍でまたまた不運なトラブルが葉村さんに襲い掛かったりもいたしますね。

葉村さん…もっとさぁ…真っ当な生活をしようよ、もう四十過ぎてるんだからさぁ…。

どうやら、有名な心霊スポット十三ヶ所をめぐり、なにも感じなかった女探偵が生まれて初めて出会った幽霊は、手足があって、物理的に暴力的であって、おまけに家を飛び出して幹線道路に向かっているらしかった。独創的な幽霊だ。

ハードボイルド探偵のふりをしつつ、ちょっとオトボケ。

どうやら葉村さんと同世代である私としては、葉村さんのオトボケっぷりに一抹の不安。

若い女の天然は許されても、中年女の天然は、世間的には許容されないよ、晶ちゃん。

表題作の「暗い越流」もそうですが、この短編集は葉村さんシリーズだけが収録されているのではありません。

で、この短編集の中で極私的に一番『きゃー』なのは、葉村さん以外の「狂酔」ですね。何が『きゃー』なのかは、後ほど。

寒いですね、この部屋。コーヒーが欲しくなります。クッキーならあるんですか。へえ、この白いクッキー、まだ売ってんだ。包み紙、むいてもらえますか。片手じゃどうも……ありがとう。

タイトルからしてアルコールに何やら関係がありそうな話だな、ってのは予想する処ですね。
冒頭からの独白からしても、何やら集会?依存症の自助団体、NPOの断酒会?のような場所で発言をしているようにも思えます。

子供時分の思い出からはじまり、成長して普通に就職、普通に恋愛、そして結婚。それが徐々に深まる酒量により解雇、離婚。

ちょっとした過ちとちょっとしためぐりあわせで、普通の人でもアルコール依存症になってしまう危険性を感じさせます。とはいえ、彼がアル中になった経緯には、子供の頃に誘拐事件にあった被害歴や、その後の父親の自殺による心的外傷が所以とも言えなくもないので、読者的には若干同情する面もあります。

アルコール依存症により崩壊した彼の世界は、その後の治療によってなんとか立て直しの兆しを見せました。

でも、その代償のように今度は母親が病死。

母親の遺品を処分する過程で出会ったのは、児童養護施設<聖母の庭>でした。ちょっとしためぐりあわせで、足を踏み入れることになった<聖母の庭>。不運なことに。

どうやら、彼の独白の舞台は、その<聖母の庭>らしい。

場所が特定できるのと時を同じくして、なーんだか話はキナ臭くなってきます。

あれれ?なんだかおかしいぞ?

ここは単なる、依存症自助団体の集会ではないらしいぞ?

一時間でいいから放っておいてくれって。
誠心誠意、頼めよ。ほら、早く。
早くだよ。これがおもちゃだとでも思ってるのか、おもちゃじゃないんだよ。
証明してやろうか。

読み進めるに従って、段々と読者の前に現れてくる情景。

どうやら彼は拳銃を持っているらしい。どうやら場所はじめじめと冷たい地下室らしい。どうやら教会のシスターが彼を見る目は、毒虫を見るが如くの憎しみに満ちているらしい。

どうやら<聖母の庭>にいた子供と、幼少期の彼は、何らかの関わりがあったらしい。

ピリピリと刺す空気感じつつ、さらに読者が読み進めていくと、彼の独白はいつの間にやらアルコール依存症から子供の頃の誘拐事件へ。

大人になってから再会した<聖母の庭>の出身者。カレー店を経営する美奈子さんと、そこで働く男性。

男性の額の形が指し示すものこそ、誘拐事件の鍵でした。彼が誘拐されたのは、果たして何のためだったのかというと…。

で、何が『きゃー』なのかといえばね。

「狂酔」最後の、彼の質問が『きゃー』なのですよ。

それじゃあ、俺が本当に知りたかった質問をさせてくれ。頼むから、マジで答えてくれ。
俺の脳みそはアルコールに殺されたのか、いろんな言葉が頭の中をくるくる回る、ママは死んだらみんなの中に帰りたい、シスターの胸に—(中略)—美奈子の死体はどこに行った?棺にはなかった。主の晩餐、主の晩餐、それで、

次の一行は秘密。

きゃー。きゃー。きゃー。

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