隣に座った女性は、よく行く図書館で見かけるあの人だった…。片道わずか15分のローカル線で起きる小さな奇跡の数々。乗り合わせただけの乗客の人生が少しずつ交差し、やがて希望の物語が紡がれる。恋の始まり、別れの兆し、途中下車―人数分のドラマを乗せた電車はどこまでもは続かない線路を走っていく。ほっこり胸キュンの傑作長篇小説。
(「BOOK」データベースより)
ミステリ小説の世界においてはコージー・ミステリというジャンルが存在します。
イギリスで第二次世界大戦時に発祥した小説形式で、当時アメリカで流行していたハードボイルド形式の小説の反義語として用いられた。 ハードボイルドのニヒルでクールなイメージに対し、「地域社会が親密である」「居心地が良い」といった意味を持つ「コージー(cozy)」を使用し、日常的な場面でのミステリーであることを示す。
(Wikipediaより)
「阪急電車」はミステリ小説ではありませんが、「極めて狭い範囲のコミュニティ」の「居心地の良い」、片道たった15分の小さなローカル線を往復する電車と、駅周辺のお話。
“cozy”という英単語がぴったりのコージー小説と申し上げても宜しいのではないでしょうか。
見上げるとツバメの巣で、雛が山盛りに身を乗り出している。
親はうちの一匹の口に餌を押し込み、また慌しく飛び去った。
—(中略)—
どの巣にも下に受け台が作ってあった。明らかに素人仕事で改札を入ってすぐの受け台の下には墨痕鮮やかな貼り紙があった。『今年もやって参りました。お騒がせしますが、巣立ちまで温かく見守ってください』
ほっこり胸キュンの傑作長編小説 とは上記の内容紹介にありますが、長編小説というよりは連作短編小説と呼んだ方が正しいのかもしれません。各章それぞれの登場人物が、微妙に絡み合いながらも独立しております。
でも、過ぎ去った駅に折り返し電車が戻ってくる頃には、いつの間にやら半年の月日が過ぎていて、各々の登場人物もそれなりに成長の兆しが見えて…特に成長しているのは2つのカップルの親密度合いですかね。付き合いはじめて半年たったカップルかぁ、くそう、有川式ドきゅんきゅんの筆も踊るあたりだよなぁ。ローカルほっこりケンミンショー的な空気を裂いて飛んでくるドきゅんきゅんの矢。油断も隙もありゃしないぜ。
作者の有川浩さんは、この本の執筆当時、実際に今津線沿線にお住まいだったようです。
ですので、阪急電車のリアルな空気感というのは作者自身が肌身に感じての執筆であろうかとは思うのですが……あの、有川さん、関西の電車って、そんなに始終オモロネタが転がっているのでしょうか?
「漢字が読まれへんって言うねん。大学も出た社会人がやで」
「アホやー!」
周囲の友達が遠慮会釈なくげらげら笑い、その笑いにこっそい紛れてミサも吹き出した。
「そんでなー」
まだあるか!
「しゃあないから、その漢字の形とか電話で聞いてん。そしたら『糸って書いてある』」
「偏やろそれはー!」「偏だけ答えてどうすんねんー!」
さすがに受験生、全員が息も絶え絶えに笑いながら突っ込む。
「アホやから勘弁したって。そんで『糸の横にも何か書いてあるやろ?それ何なん?』って訊いたら、『月って書いてある』」
「『絹』やそれはーーーー!」
例えば、昼下がりの女子高生達が、ひとりの彼氏のうわさ話をしている会話。
毎日がナニワ漫談ですか。日常が吉本喜劇ですか。東京砂漠の通勤電車は、みんな下向いてスマホを眺めてばっかりで、こーんな面白い会話聞いたことないよ。
この先もまだ彼氏の話は続くんですけど、「絹」が読めなきゃ「綿」はどうなる、とか。
「綿」はそもそも右側のつくりの部分の説明ができないだろうとか。
彼氏が阿呆なのか、もしくは創作なのか。オモロいネタを提供しなければ、関西では生きていけないのか。
上記の女子高生ネタ以外にも、阪急電車の車内には色々とネタが転がってまして。片道たったの15分、充分満喫できるアトラクション。スマホの画面なんて眺めている暇はないんじゃなかろうか。
いーなぁ、大阪。いーなぁ、阪急電車。
「極めて狭い範囲のコミュニティ」の「居心地の良い」“cozy”という英単語がぴったりの、コージー小説。
いーなぁ、ちょっと今津線沿線の地元民たちが、うらやましくなってきたぞ。