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山本周五郎「さぶ」

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才走った性格と高すぎるプライドが災いして人足寄場に送られてしまう栄二。鈍いところはあるがどこまでもまっすぐなさぶ、ふたりの友情を軸に、人の抱えもつ強さと弱さ、見返りを求めない人と人との結びつきを描き、人間の究極のすがたを求め続けた作家・山本周五郎の集大成。
(「BOOK」データベースより)

それは昔々、さくらが高校生時分のこと。
部活帰りに友人と、普段には行くことがない、とある街の裏道を通ったとき。
ひっそりと佇む、小さな古書店がありました。
 

本屋があればちょっと寄ってみようかのさくらちゃんが、数名の友人達と足を踏み入れたところ。
その古書店には通常の古本以外に、店の一角を大きく占める『さぶ』『薔薇族』の大量のバックナンバーが!!!
(『さぶ』及び『薔薇族』をご存じない方はググってください)
 

女子校の女子高生集団がそんなものを見つけてしまったら、もうキャーキャー大騒ぎですよ。キャーキャーというかギャーギャー。猿山にバナナ投げたような興奮っぷりです。
(女子高生)が『さぶ』のグラビア立ち読みしつつ、あれやこれやの大喧騒。一冊買って行こうよと、さくらがレジに雑誌を差し出したところ。

『これ、女の人には売れませんので』

店番のおじさんに販売拒否され、女子高生たちはブーブー言いながら引き揚げていった訳でした。
 

今になってみれば分かります。当時わたし達がしていたことは、ヒトサマの花畑を踏み荒らすような行為だったってことが。
お店のおじさん、あの時はごめんなさい。
でも、あの日に見た『さぶ』のヌードグラビアが、未だに脳裏から離れない私よ。
 

その さぶ じゃあ ない。
 

セクシャルマイノリティの皆様にも山本周五郎ファンにも左右からグーでパンチされそうな、『さぶ』と「さぶ」の同音異語。

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本題の「さぶ」(周五郎の方)の主人公は、さぶ ではなく栄二という若者です。
「さぶ」を現代の話に置き換えてみれば、エリートサラリーマンが職場で泥棒の濡れ衣をかけられて出世の道を失い、ヤケになって傷害事件おこして刑務所送りになる話。うーむ惚れ惚れするほど適切な説明だ。自画自賛。
 

才気煥発なイケメン、周囲の若いオナゴにも人気で、プライド高く鼻高々。
そんな栄二が人生の不運により不本意な場所に押し込められ、そこで人間的な成長を…っていえば、同じ山本周五郎の「赤ひげ診療譚」を連想させますね。そう、確かに栄二という側面だけ見たら「さぶ」と「赤ひげ」はとてもよく似ています。
「さぶ」にあって、「赤ひげ」にないもの。
それが“さぶ”の存在です。

栄二はなにも云わず、湯呑を取って水を啜った。おのぶはまた手酌て二つ飲んだ。
「あたしこうして、ながいことお客の相手をしてきて、つくづくそう思うの」おのぶは太息をついて云った。「——世間からあにいとか親方とかって、人にたてられていく者には、みんなさぶちゃんみたいな人が幾人か付いているわ、ほんとよ、栄さん」

鈍くさく不器用で『おらあぐずでまぬけで能なしだ』な さぶ の献身が、栄二が人間に立ち戻るための重要な道しるべとなる。
さぶ が居なければ多分、栄二は今回の冤罪が無かったとしても、その高慢さが故に何らかのトラブルを招いたでしょうし、その小器用さが故に、かえって器用貧乏に終ったかもしれない。
不器用で生真面目な さぶ の生き方が、人間として大事なことを私達に教えてくれるような気がします。
 

……とか、言ってみる?
 

つい先刻の文章は、中学校の読書感想文的な感想。
実際の感想を言えばねえ。人間として大事なこと、なんてご大層なこと言う前に、私は「さぶ」を読む度に、栄二ともうひとり、おすえという女に腹がたって仕方がなくなるんです。
 

ネタバレ恐縮ですが、そもそも栄二の冤罪事件の犯人が、栄二の恋人おすえ であります。
イケメン職人の栄二が、お得意宅のお嬢さんと縁談話がはじまりそうなもんで、自分の恋人を泥棒に仕立てたんだってさー。何だそれ。
ヤケになった栄二が傷害事件おこして寄場に送られたら、わざわざ遠島まで足を運んで『アタシ貴方を信じてるわヨヨ』と涙にくれる。そりゃあ信じられるだろうよお前なら…。
栄二がシャバに戻ってからは首尾よく嫁の座に収まり、しれーっと甲斐甲斐しく針仕事なんぞ致します。
 

窃盗事件の犯人が さぶ なんじゃないかと栄二が疑いだした時には『あの人を疑うなんてあんたらしくないことだわ』と諭してみたり。いや、元々の元凶がキミだから!
そして、栄二の疑心で さぶ との仲が絶えそうになってはじめて、
 

『ごっめーん、金襴の切を盗んだの、ア・タ・シ!テヘペロ☆』
 

それまでの おすえ の献身的な内助の功がガラガラと崩れ落ちるその瞬間。おまっ、おまっ、お前これまでどんだけバックれてた?!
 

そしてさらに腹がたつのは栄二よ栄二。
さぶ が真犯人だと思い込んだ時には、うぬが仇と恨み骨髄の面持ちで冷酒あおっていた栄二だというのに、おすえが『いや、ちげーし。アタシだし』と言った途端にコロリと宗旨変え。

「——おれは島へ送られてよかったと思ってる。寄場であしかけ三年、おれはいろいろなことを教えられた、ふつうの世間ではぶっつかることのない、人間どうしのつながりあいや、気持のうらはらや、生きてゆくことの辛さや苦しさ、そういうことを現に、身にしみて教えられたんだ—(中略)—寄場でのあしかけ三年は、しゃばでの十年よりためになった」と栄二は続けた、「——これが本当のおれの気持だ、嘘だなんて思わないでくれ、おれはいま、おめえに礼を云いたいくらいなんだよ」

ちょっと待て栄二ーーーっ!
お前、さぶが犯人だと思ってた時にも、礼を云いたい気分だったか?!
 

おすえ のいけ図々しさと栄二の変り身の早さに、読んでるこっちは頭がクラクラしそう。
そして さぶ のワリ食う人生を思って涙する。きっと彼は、山羊座だ。ワリ食う人生カプリコーン(by村上春樹)だ。
 

そして、もうひとつの さぶ の不幸は、一読者(さくら)の脳裏に、ホモ雑誌のヌードグラビアと連想が直結してしまっている不幸。
周五郎ファンも怒るし、古書店のおじさんも怒る。
ワリ食う“さぶ”諸方面にごめん。ほんとにごめん。あきらめなさいカプリコーン…。

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