競泳自由形の日本記録を持つ矢沢大河は、前回の五輪の4×100mメドレーリレーでは僅差でメダルを逃がし、雪辱を期している。そこに現れたのが高校3年生の小泉速人。不穏当な言動で選手の反発を買う小泉は、新型水着「FS‐1」を身につけて好記録を叩き出す―個人競技におけるリレーとは何か、ツール(水着)とは何かを迫真の筆致で描く問題作。
(「BOOK」データベースより)
堂場瞬一のスポーツ小説を、どの作品から読み始めたのかはちょっと定かではありません。
「8年」だったか、「チーム」だったか、「大延長」だったか、はたまたこの「水を打つ」だったか。
それぞれ良い小説で、スポーツには縁が無いインドア派の私にとっても面白い小説であることには間違いありませんが。
しかし、私 さくらが堂場瞬一スポーツ小説にドはまりするきっかけになった小説というのは、明確です。
それが、この小説「水を打つ」
誰のために、何を求めて、俺たちは勝利を目指すのか——
堂場瞬一のスポーツ小説って、大体なんとなく、登場人物のタイプって決まってるんですよ。
・リーダーの役割で、バラバラなチームをまとめるのに苦労する『割り食う委員長タイプ』
・おっさん感がただよう的確なアドバイスで皆を見守る『飄々おじさんタイプ』
・さほどキャラ立ちはしなくても妙にパタパタとつきまとう『子リスタイプ』
・才能は誰しも認めるところながら、ツンケンとしたハリネズミ的言動でチームの軋轢を生む『ビッグマウスタイプ』
「水を打つ」も然り。
小説の幕開けは、『割り食う委員長タイプ』の今岡さんの姿から話が始まります。
今岡さんは前回のオリンピックで競泳メドレーリレーの銀メダリスト。かつ、当時のナショナルチームのキャプテン。
しかし4年後の現在では、ちと体力の衰えを見せはじめて、記録の伸び悩みに悩んでいます。
同じ平泳ぎ選手の高校生・小泉君には「いつまでやるつもりですか?」と鼻で笑われ(チョーこにくたらしい!)若手から追われる焦燥感もビシバシ感じる今日この頃。
30歳過ぎたらもう老兵扱いなんだから、スポーツの世界って諸行無常よねえ。
駄目だ。人に頼るようでは勝てない。問題を解決するためならいくらでも話をするが、弱気を救ってもらうためにすがってはいけない。
弱い心は俺を犯す。そんな心なら、持たない方がいい。
割り食う委員長・今岡さんが、子リス・矢沢くんに「まだやれますよ!今度は一緒に金メダルを取るって約束したじゃないですか!」などと叱咤激励されるのを読みながら、そうだそうだと読者は今岡擁護派に。
ビッグマウス・小泉がまたクソ生意気で腹立つ言動が多いので、中年の星頑張れと応援したくもなります。
このまま「水を打つ」は、今岡と小泉で平泳ぎ代表選手の座を争う展開になるのかと思いきや……文庫本上巻、第三部の始めで今岡さんサクっと引退。
ええーっ?!これって、中年の星が奮起する話じゃなかったのーっ?!
しかしサクっと引退の今岡さん、のんびり信州の温泉で心身の疲れを癒そうかと思いきやそうもいかないようで。
監督の競泳ナショナルチーム監督の小柴さんからは思わぬ命令。
「お前、ナショナルチームのコーチやれや」
はい、ここで堂場瞬一スポーツ小説の役割移動が入りまーす。
これまでの展開では、
飄々おじさん→小柴監督
割り食う委員長→今岡さん
子リス→矢沢くん
ビックマウス→小泉くん
この先は
飄々おじさん→今岡さん
割り食う委員長→矢沢くん
ビックマウス→小泉くん
子リスは……子リスは何処に!
「水を打つ」の主役は、選手だけではありません。
スポーツ用品メーカーSICが開発した新型水着「FS-1」これまでの常識を覆した全く新しい発想で、小泉くんはこのFS-1を着用して新記録をバンバン打ち立てています。
となれば他の選手達もFS-1に流れるのは必定。これまでスポンサー契約をしていたマナカとの契約を解除して、SICとの契約に乗り換えるメンバーも。
マナカの社員でもある矢沢くんとしては、自社の製品を大会で着ないわけにもいかない。でも自分の可能性を押し上げてくれるかもしれない新型水着の誘惑も撥ね退けるにはちと惜しい……うーん、義理と人情の狭間で苦しむ『割り食う委員長』感が出てるよー。良い味出してるよー。
結局のところ矢沢くんは、FS-1を練習で着用してはみたものの、自分の泳法には合わないと判断しました。
さてさて、それが吉と出るか凶と出るか。
——さっさとおみくじの結果をお伝えしちゃいますと、その結果は吉と出ました。
新型水着FS-1の材質が、オリンピックの水泳競技レギュレーションを満たさず認定を受けられませんでした。
FS-1に合わせて泳法を改良していた選手達は大混乱。
その中でも、FS-1の申し子である小泉くんはパニック。これまでの記録更新・更新・大更新からは急転落。これまでが超ビッグマウスであった分だけ、世間の風当たりは厳しくもなり小泉くん大ピンチです。
しかしそもそも、何でアイツあんなにトゲトゲハリネズミなの?と、飄々おじさんと化した今岡さん、わざわざ小泉くんの故郷である北海道まで遠征し、彼の過去を探ります。
さすが元・割り食う委員長。役柄は変わっても苦労苦心は変わらない。出張費は、おそらく、出ない。
「私には、仮面を被っているようにも見えるんですが」
「仮面?」コーヒーカップを口元まで持っていった小泉(さくら注:この「小泉」は小泉くんのお父さん)が手を止める。「ああいう態度は本物ではないと?」
「勘ですけどね」今岡は鍵型に曲げた人差し指で耳の上を突いた。「誰にも本音を話さない、そんな感じじゃないでしょうか。ただ、どうしてそんなことをしているかが分からないんです」
元・割り食う委員長の苦労はまだまだ続く。
オリンピック開幕直前、遠征先のアメリカで、今岡さんが小泉をかばって交通事故。足を骨折してナショナルチームの離脱を余儀なくされてしまいました。
いっいっ、今岡さーーーーーん!
そしてそのままなだれ込んだ東京オリンピック(そう、舞台は東京オリンピックなのよ)
元・割り食う委員長、現・飄々おじさん今岡の復帰はなるか。
現・割り食う委員長 矢沢は小泉を押さえ込めるか。
不調のビッグマウス小泉は再び奮起できるか。
さてどうなるか。東京オリンピック、メドレーリレーの当日。
「小泉」
小泉が無言で矢沢を見た。
「お前は前に、自分以外の人間を信じないって言ったよな。俺は、それは正しいと思う」
意味が分からないと言いたげに、小泉が首を傾げる。
「どうせ信じないなら、自分のことも信じるな」
「どういうことですか」
「自分が積み重ねてきた練習を全面的に信じちゃいけない。練習でやれなかったことも、試合ではやれるかもしれないだろう?自分を信じるっていうことは、自分で限界を決めてしまうことだから――突き抜けろよ!」
東京オリンピックの競泳メドレーリレーで、彼らが突き抜けられたのかは、どうぞご本で。
いや、すっげぇ面白いよ。ここでは伝えきれぬほどに。
これを読めば、あなたも必ずや堂場瞬一のスポーツ小説にハマるでしょう。私がそうだったように。