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スティーヴン・キング「ゴールデンボーイ」

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トッドは明るい性格の頭の良い高校生だった。ある日、古い印刷物で見たことのあるナチ戦犯の顔を街で見つけた。昔話を聞くため老人に近づいたトッドの人生は、それから大きく狂い…。不気味な2人の交遊を描く「ゴールデンボーイ」。30年かかってついに脱獄に成功した男の話「刑務所のリタ・ヘイワース」の2編を収録する。キング中毒の方、及びその志願者たちに贈る、推薦の1冊。
(「BOOK」データベースより)

キング・オブ・ホラーのキングさんが『恐怖の四季』として出版した春夏秋冬短編集。「ゴールデンボーイ」はその春・夏バージョンです。

『恐怖の四季』とアオり文句がついているものの、キング・オブ・ホラーにしては怪奇的要素は殆どありません。

吸血鬼も、超能力者も、ピエロもオバケも登場致しません。幽霊話を聞いて夜中にトイレに行けなくなっちゃうタイプのあなたも、ご安心めされよ。

個人的な好みでは、表題作の「ゴールデンボーイ」より、もうひとつの短編「刑務所のリタ・ヘイワース」の方が好みなんですけどね。

周囲の評価も「刑務所の…」の方がグンと高い。映画も好評だったらしいしね。

いやホントに良いんだよ「刑務所のリタ・ヘイワース」。マジ読んでみそ。損はしないから。感動しきりだから。

でも今日は「ゴールデンボーイ」黄金少年の気分なの。

むこうはこの作品を読んでうろたえた。ひどくうろたえた。真に迫りすぎているというんだ。仮に外宇宙を舞台にして、これとおなじ物語を書いたとしたら、べつに文句は出なかったかもしれない。
—(中略)—
そのときに思ったよ。「どうだ、またやったぞ。ぼくは本当にだれかの皮膚の下まで食いこむような小説を書いたんだ」あれはいい気分のものだ。だれかの股ぐらに手をつっこんだような、あの気分が好きなんだ。前からぼくの創作の一部には、そういう原始的な衝動がある。
(スティーブン・キング インタビューより)

「ゴールデンボーイ」の主人公は、まさしく1970年代のオール・アメリカン・ボーイ。
トッド・ボウデン13歳。

金髪碧眼、成績優秀スポーツ万能、そこそこ裕福でリベラルな家庭に育ち、折々には写真館で家族写真を撮って、卒業プロムではパートナーの彼女に蘭のコサージュを贈るような、いわゆる「どこから見てもこれこそ全米代表といった感じの少年」

しかし少年トッドには、ある秘かな趣味がありました。

それは、第二次大戦時のナチス・ドイツの所業について調べること。

そして、トッドが住む町に住む独居老人アーサー・デンカーが、実は身分を隠したナチス戦犯ヘル・ドゥサンダーであることを知ったことから、彼の暗い情熱の花が、ゆっくりと開花しはじめます。

トッドはドゥサンダーを脅して、正体をばらさない代わりにナチス時代の逸話を自分に語ることを命じました。

イルゼ・コッホを見たか?ガス室に送るユダヤ人はどんな風に死んだのか?どうやって人の皮でブックカバーを作ったのか?

「そうさ。銃殺隊。ガス室。焼却炉。自分の墓を自分で掘らされて、それから穴の中に落っこちるようにその縁に立たされた人たち。身体……」少年は舌で唇をなめた。「検査。実験。みんなだよ。ぞくぞくする話をぜんぶ」

時には、戦争とか災害や事件、事故などの死や苦痛を見ることが悦ばしいタイプの人が存在します。

“閲覧注意”の遺体写真をネットで検索したり、スナッフビデオの入手に尽力したりするタイプの人ね。

いや、もしかしたらそれは一部の人間だけに限定できないのかもしれない。キングが別の短編集はしがきで語っている通り、誰しも内心、暗い興味を持たない人はいないのかもしれない。

要するに——これは、われわれのほとんどが内心では知っていることだが——夜、幹線道路で事故を起こし、パトカーや標識灯に取り囲まれた自動車の残骸を、こわごわ覗いてみたいという気持ちを抑えられる者はほとんどいないということなのである。
(「深夜勤務」(はしがき)より)

日曜日の昼下がり、おじいさんと少年の他愛もないおしゃべり。拷問と、チクロンガスと、レイプと、血と悲鳴をお茶請けにしたティータイム。

だけどトッドはやりすぎた。

どんどん下がっていく成績。毎夜の悪夢。

同時にドゥサンダーも、過去の所業を語ることで不思議な満足感を覚え、暗い深みにはまるようになります。

やがてトッドの下がった成績を親へ隠すために結託したことで、お互いが相手の額に拳銃を突きつけた状態になり、二人の精神は徐々にバランスを欠いていきます。

「自分とファックでもしてろ」トッドはわめいた。
「坊や」ドゥサンダーはバーボンをカップについで、また笑いだした。「われわれはおたがいにファックしあっているのだ—–それを知らなかったのかね?」

あれですね、あれ。ニーチェは正しい。

『怪物を倒そうとする者は、その過程で自らも怪物とならぬよう気をつけなければならない。お前が深淵をのぞくとき、深淵もまたこちらをのぞいているのだ』

トッドがのぞいた深淵は、暗く、深く、魅惑的な深淵でした。

どうしても目が離せなくなるほどに。

真似をしたくなるほどに。

やがて町中で見かけるようになった、自転車でぐちゃぐちゃに轢かれた野鳥。猫。

野犬引取り所から姿を消した犬。

行方不明になった浮浪者。

それも何人も、何人も。

『どこから見てもこれこそ全米代表』のゴールデン・アメリカン・ボーイが、その後どんな風に深淵に落ちていったのかは、『恐怖の四季』夏の秘密。

いやホントはね、表題作の「ゴールデンボーイ」よりも「刑務所のリタ・ヘイワース」の方が好みなんですけどね。

良いんだよ「刑務所のリタ・ヘイワース」。マジ読んでみそ。損はしないから。感動しきりだから。「ゴールデンボーイ」が感動できるかって聞かれたら、まあ困っちゃいますけど。

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