子供好きの忠犬クージョは、体重二百ポンドのセントバーナードだが、コウモリにひっかかれて狂犬病をうつされた。理由のない腹立ちに苛まれて、心ならずも飼主を襲う犬。たまたま訪れたドナとタッド母子は、炎天下、故障した車に閉じ込められた。人の不和、不安の象徴とも思えるお化けの影の下、狂った巨犬と容赦ない灼熱に悩まされる恐怖を克明に描いて、ひたすらコワい長編。
(新潮文庫 内容紹介より)
バナーマン!バナーマン保安官!バナーマーーーーン!
「クージョ」がどんな話かというのは、上記で引用した内容紹介の通りです。
そしてこの話の教訓は、以下の2点です。
(1)飼い犬には狂犬病予防接種を忘れずに
(2)炎天下の車内には子供を放置してはいけません
特に(2)ね。個人的に。毎夏、パチンコ店の駐車場で子供が亡くなるニュースを見る度に心が痛い私よ。すごく不思議なんですが、パチンコってそんなに時間かかるものなの?
さて、この「クージョ」は、先日ご紹介した「デッド・ゾーン」からおよそ5年後のキャッスルロックが舞台です。
キングは様々な小説で、架空の町キャッスルロックを舞台にしております。おかげで住民は大変よ。連続殺人鬼は複数回あらわれるし埋葬した息子は生き返るし山道は異次元につながってるしトラックは勝手に動くし超能力者は政治家を殺そうとするし。
おちおち住んでもいられない。
だから、バナーマン保安官は、キャッスルロックで保安官の任についてしまったのが不幸の源でしょう。
彼が赴任したのがキャッスルロックでなかったら「デッド・ゾーン」で部下のフランク・ドットが連続殺人犯だった衝撃も知らずにすんだし、狂ったセントバーナードに『仔犬が縫いぐるみの人形を振りまわすように』弄ばれて殺されることもなかった。
一瞬、相手の黒い、狂った目を見つめているうちに、気の遠くなるような恐怖感に襲われながら考えた。やあ、フランク。お前はフランクなんだろう?地獄もお前には暑すぎたのか?
「クージョ」は、登場人物の殆どが『ちょっとずつ愚かでちょっとずつ不運』なために起こった悲劇ですが、中でもバナーマン保安官の不運さはピカイチですね。
キング作品に登場してしまったのが、うぬが不運よ。バナーマン…。
とはいえ、この本の中で一番可哀そうなのは誰か?と聞かれたら、狂犬病にかかった犬『クージョ』でしょう。
「クージョ」の中では、当のクージョくん目線からの記述もされています。
ちょいと中年期にさしかかった、大きなセントバーナード犬(ハイジのアレだね)。本来は温和でおとなしく、赤ん坊にイタズラされても我慢する偉いわんこでした。
たまたま穴倉でコウモリに出くわしたばかりに狂犬病ウィルスをうつされて、少しずつ、少しずつ脳が犯されていきます。
クージョはブルーの車からおりてきた「男」を、燃えるような憎しみの目でみつめた。すべての苦痛を惹きおこしたのはこの「男」だ、と彼は確信した。「男」が関節の痛みと、頭の中で鳴っている大きな不快な音の原因なのだ。からからに喉がかわいているのに、水を見たとたんに哀れっぽい鳴き声をたてながら尻ごみし、水を殺したい衝動に駆られるのは、みな「男」のせいだった。
『狂った大型犬に襲われる』という単純極まりないストーリーなのに、文庫本一冊473ページを猛烈な勢いでひっぱるのは、犬のクージョを単なる怪物として描いていない故ですね。
だからラストの直接対決、どちらも死にかけの母ドナと犬クージョの肉弾戦が、壮絶なのにどこか物哀しい気持ちがするのです。
ドナ・トレントンは勝利の叫びを発した。途中まで立ち上がりかけて倒れ、やっとの思いでまた立ち上がった。足を引きずるようにして二歩進み、犬の死体につまづいて両膝をすりむいた。先端に血のこびりついたバットのヘッドが転がっているところまで這って行った。それを拾いあげ、ピントのボンネットにつかまってふたたび立ちあがった。よろめきながらクージョが横たわっているところまで戻った。そしてバットで彼を殴りはじめた。一撃ごとにぐしゃっという鈍い音がした。黒い絶縁テープが垂れさがり、灼熱した空気のなかでひらひらと舞った。バットの折れ口がやわらかい掌に刺さって、手首から前腕にかけて血が流れ落ちた。彼女はまだ叫びつづけていたが、最初の勝利の叫びで声がかれてしまい、今喉から出てくるのは唸るようなしわがれ声だけだった。それは死ぬ寸前のクージョの声に似ていた。バットが激しく上下に動いた。彼女は死んだ犬を殴りつづけた。彼女の背後で、ヴィグのジャガーがキャンバー家の私道に入ってきた。
真夏の炎天下、絶望的な母の闘いがどんな結末を迎えたのかはさておき。
この話の教訓をおさらいしておきましょう。
(1)飼い犬には狂犬病予防接種を忘れずに
(2)炎天下の車内には子供を放置してはいけません
この二つを怠ると、保安官バナーマンが化けて出るよ。