明石家の主、新平は散歩が趣味の健啖家。妻は、散歩先での夫の浮気をしつこく疑っている。長男は高校中退後、ずっと引きこもり。次男はしっかり者の、自称・長女。末っ子は事業に失敗して借金まみれ。…いろいろあるけど、「家族」である日々は続いてゆく。飄々としたユーモアと温かさがじんわりと胸に沁みる、現代家族小説の白眉。
(「BOOK」データベースより)
うう、ザワザワする。
ザワザワするよう。
最近、仕事でシニア介護の情報をいろいろと集めている私。最近の高齢者問題では「老老介護」とか「8050問題」とかよく取沙汰されています。
65歳以上の高齢者が高齢者家族を介護している状態
80歳以上の高齢者が50歳以上の子供の生活を支えている世帯が増加している問題
で、この本「じい散歩」は、まさに老老介護と8050問題に直面した89歳男性主人公の物語です。
タイムリーというかなんというか…ザワザワしちゃう気持ちをわかってください。
新平は呼びかけながら、妻の首筋に手を当ててみた。
人らしい温もりがあり、耳を近づけると、弱々しいながらも、息づかいが聞こえる。ただ、それは今消えてもおかしくないくらいの弱々しさにも思えた。
「孝史。雄三。起きろ!ママが大変だぞ」
新平は階段の下から、二階に向かって声を張り上げた。合わせて百歳を超える息子ふたりは、十代の頃に割り当てられた自分たちの部屋で、まだぬくぬくと寝ているに違いない。「孝史!雄三!来い!早く!」
いくら怒鳴っても反応はない。新平は小さく舌打ちをした。
主人公の明石新平さんは御年89歳。妻の英子さんは1つ年下の88歳。元建築会社経営で、今は引退して日課の「ちい散歩」ならぬ「じい散歩」に励む毎日です。
新平さんには息子が3人。
長男は虚弱体質?の引きこもり。
次男は現在、長女になってます。
三男は会社経営…と言うと聞こえは良いが、実際は赤字垂れ流しで親の脛を齧りまくる生活。
妻の英子さんは認知症のきざし。
まったく、あっちを向いてもこっちを向いてもどうにもブルドック、ワオ!
「なんで、ああなるかな」
新平は、ぽつりと言った。自分の観察眼は、どこか感情と切り離されたところにあるような気がしたが、それは若い頃に戦争を経験したからかもしれない。
「さあ」
健二は小さく首をかしげている。おかっぱの髪が、頬のあたりをさらりと揺れた。本当は言いたいことがあるのに、なにかを言わずにいるようにも見えた。
「じい散歩」の中では、次男(長女)の健二さんが一番頼りになる存在ではあります。ちゃんと働いてるし所帯は持ってるし(相手は男性なので事実婚ですね)母親の英子さんの面倒もそれなりには見てくれる、この小説の中で唯一希望が持てる存在ではあります。
それに、主人公のジイさん自身が「にっちもさっちもどうにもブルドック」的な感覚を抱いていないのも、悲惨極まりない状況であるはずの「じい散歩」が鬱屈にならない所以でもあります。毎日の散歩で未処分の旧事務所に通い、せっせとコレクションしたエロ本を楽しんだり(まったく男ってやつぁ)パソコンではアダルト検索しすぎてブラウザパンパンにしちゃうし(まったく男ってやつぁ)街で出逢った若い娘にちょこまかと話しかけて養分を補給しています。
年金暮らしで引きこもりと借金もち抱えてる身としてはかなり羽振りがよろしいのも新平さんが悲観しない理由か。毎日お出かけして外ランチと喫茶店と美術館などなどハシゴしてお土産買って帰るのって、結構お金かかると思うのよ。いくら家賃と住宅ローンはかからないと言えどもね。おそらく新平さん国民年金だろうしね。事業を畳んだとはいえ(過去にはツブしかけたとはいえ)現役時代にはそれなりに貯蓄していたのではないかと推測されます。
しかしその貯蓄もどんどん息子2人に食いつくされていくし、脳梗塞で倒れた奥さんの在宅介護は本格的に始まったし、新平さんの今後の余生が果たしてどうなるのか、読んでる身としては不安でしかないところ。
ただ、まあ、新平さんが毎日それなりに楽しそうなら、それでいっか。
そう思えるくらい、新平さんの様子はカラっとしてます。これが戦争を体験した世代の胆力なのか、新平さん自身のパーソナリティに由来するものなのかは分かりませんが、おそらくは後者でしょう。
いざとなったら、息子たちがちゃんとするだろうなんて、そんな甘い期待はもうかけらもありません。
いずれ私に介護が必要になったら、さっさと全財産を処分して、施設に入ろうと決めています。
もしそれで息子たちが困るなら、困ればいい。
でも、今はまだこの家で妻の面倒をみなくちゃいけません。そこまでが私の人生の仕事、と覚悟しています。
悲惨な状況の割にはほのぼのとした印象で、読後感は(主題の割には)悪くない。決して悪くはありません…が。
やはりザワザワする。ザワザワするんだよなぁ。
ザワザワする胸の中心に位置しているのは、健二の未来。これ新平さんがポシャったら重荷がすべて次男(長女)に来るぞきっと。
長男に金貸してる場合じゃないって。健二(女性)さん、早いとこ逃げとき。