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筒井康隆「霊長類 南へ」

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毎読新聞の記者澱口は、恋人の珠子をベッドに押し倒していた。珠子が笑った。「どうしたのよ、世界の終りがくるわけでもあるまいし」その頃、合衆国大統領は青くなっていた。日本と韓国の基地に原爆が落ちたのだ。大統領はホットラインに手を伸ばした。だが遅かった。原爆はソ連にも落ち、それをアメリカの攻撃と思ったソ連はすでにミサイルを。ホテルを出た澱口と珠子は、凄じい混乱を第三京浜に見た。破滅を知った人類のとめどもない暴走が始ったのだ。
(「BOOK」データベースより)

かくて地上最大の、壮絶なる『パイ投げ』は始まった。

凄いです。凄まじいです。ドタバタです。ナンセンスです。ブラックです。
筒井康隆が描く終末モノは「アルマゲドン」みたいにブルース・ウィルスが地球の危機を救ってはくれない。「アイ・アム・レジェンド」みたいにウィル・スミスが生き残ったりしない。
核兵器の『パイ投げ』により、地球上の人類はおろか地上最恐生物のゴキブリまでもが死に絶えるという、例外なし容赦なし希望なしのスリーセブン大フィーバーです。
 

でも残念ながら、現在では「霊長類 南へ」は絶版らしいですよ。新品の購入は(多分)できないので、皆さん図書館に行くかブックオフで買いましょう。
再販する可能性はおそらく無い。差別的表現が多すぎて、また断筆宣言騒ぎになっちゃうw

 

《追記》
その後ご指摘頂き、復刊されていることが判明しました。

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時は米ソの冷戦時代。“鉄のカーテン”なんて言葉もありました。
当時の核開発競争により、地球が何十回も何百回も滅亡できるような量の核兵器が作り出されました。別にアメリカとソ連だけじゃなく、いくつもの国が。
 

互いの抑止力とするために、核兵器をもって武装する。
そりゃあ抑止力だけだったら、それもアリかもしれないけどさ(アリじゃないよ!)
どんな物事にだって、失敗とか、ヒューマンエラーの可能性って存在するじゃない。
 

ことの始まりは戦争ではなく、ちょっとした人為的ミスから。
それが、あっという間に破滅に向かう道へ。

「臨時ニュースです」アナウンサーの声は、さっきよりもずっと緊迫した調子だった。「サンフランシスコが水爆攻撃を受けました。アメリカはソ連と戦闘状態に入った模様です」息づかいが乱れていた。

核兵器の『パイ投げ』で北半球の諸国が壊滅的な被害を受け、人類はこぞって南へと逃れようとします。
南に行ったからといって、最終的には滅亡は免れられないんだけどね。でもそれでも少しでも長く生き延びようとする霊長類=人間。
縦軸は主人公の“おれ”が、恋人の珠子と東京→大阪へ向かう道中の描写、横軸は世界各地の混乱の描写、いずれもエゴと本能と欲望が剥きだしの姿が、もうギャグというかドタバタというか、スラップスティックの世界。
 

極私的に一番面白い、というか一番凄まじいシーンを、せっかくなので以下に引用しよう。
すごく長いけどごめんね。あとグロ系が苦手な人は読まないでね。先に忠告しとく。
 

舞台は晴海ふ頭。停泊している南極観測船「ふじ」に集まった約八十万人の大群衆。
船に乗り込もうと争う群衆が、次々に墜落、溺死、圧死、殺戮などで死んでいきます。

もっとも悲惨だったのは、ハッチの巨大な揚げ蓋の真下にある、第一貨物艙、第四貨物艙などへ乗りこんでいた人間たちだった。彼らはすでに、床も見えないほどいっぱいに拡がり、ぎっしりと詰まっていて、びくりと身動きすることさえできなかった。
「もう、乗れないぞう」ハッチからさらに入ってこようとする連中を見て、ひとりの若い父親がたまりかね、周囲の人間を力まかせに押しのけ、子供を抱いたまま立ちあがり、そう叫んだ。「もう満員なんだ」
だが、人間たちは、さらにぞくぞくと彼らの頭上から乗りこみ、詰めかけてきた。突き落とされ、まっさか様に墜落してくる者もあった。下にいる人間の頭上へ乱暴にとみおりてくる者もあった。いろいろな人間がいた。サラリーマンの家族づれ、フーテンらしいパンタロンの女、サングラスをかけたやくざ、専務取締役、八百屋のおかみ、相撲とり、セールスマン、学生のアベック、バーのホステス、家事評論家、テレビ・タレント、後家さん、SF作家、オールド・ミスの姉妹、異なった種類の人間が、次から次から船艙につめかけた。最初床の上にひろがっていた人間たちの姿は、たちまち、あとから乗りこんできた人間たちのからだの下になって見えなくなってしまった。
「やめて。やめてください。赤ん坊がいるんです」一瞬、若い母親の哀願が船艙いっぱいに響いたが、頑丈な半裸の人足風の男たちの黒い巨大なからだの下敷きになって、骨の折れる鈍い音とともに、その声はすぐ聞こえなくなってしまった。
「乗るな。もう乗るな」自分の骨張ったからだの上に次つぎと覆い被さってくる人間たちに、ひとりの老人が横たわったまま死にもの狂いで叫んだ。「もう乗らないでくれ。骨が折れてしまう」その老人も、咽喉をごろごろ鳴らすと、すぐ静かになってしまった。
「おれが悪いんじゃない。おれが悪いんじゃない。おれの上に乗っているやつが悪いんだ」そういって泣きながら、自分の顔を恨めしげに眺めている、自分の腹の下の、からだの弱そうな少女を押し潰してしまう若い男もいた。
二重、三重に積み重なっただけではすまなかった。セメント袋のように、人間のからだの上に人間のからだが、際限なく積みあがっていった。呻き声はすべて、今、圧死しようとしている人間たちの断末魔だった。ゆらゆらと船内に立ちのぼる白い蒸気は、死ぬ寸前の人間の呼気と、あぶら汗の熱気だった。泣き声は、あまり聞かれなかった。今にも死のうとしている時、人間は泣くどころではない。誰もが少しでも人の上に這い登ろうとして、眼を見ひらき、無言であがき続けていた。そのありさまは、まさに蛆虫の大群だった。汚物にまみれて蠢く、巨大な蛔虫の大群だった。上へ、さらに上へと積み重なり続ける人間の山の、その底では、すでに圧死した人間たちのからだが音をたてて潰れ続けていた。肋骨は折れ続けていた。血は噴き出し続けていた。血と汗が泡立ちながらまじりあい、潰れた肉体が泥のようにこねまわされていた。抱きあった母親と赤ん坊の肋骨と肋骨が、互いのからだの中へ、入れこになって食いこんだ。抱きあった恋人たちの胸と胸が同時に平たくなり、内臓が口と肛門からとび出て混りあった。専務取締役の柔らかな腹部に、八百屋のおかみの折れた足の骨が、どこまでもどこまでも、深く突き刺さっていった。フーテン女の口からだくだくと吐き出される血が、やくざの筋肉組織へ浸透していった。はじけるような音をたてて、オールド・ミスの姉妹の頭蓋骨が同時に割れた。どの腕も、どの腕も、指さきを折り曲げていた。その爪の先は、他人の筋肉に深く食いこんでいた。セールスマンとテレビ・タレントの大腸がからみあった。大学教授と学生の血が混りあった。相撲とりと後家さんの内臓がもつれあった。死の直前、苦しまぎれにかっと大きく開いたサラリーマンの口の中の、虫歯だらけの歯の間へ、家事評論家の眼球がめりこんでいった。たった一枚の薄っぺらな皮に包まれていた、水分の多い人体の複雑で繊細な各組織が、絶え間なく潰れ、砕け、破裂し、折れ曲がり、歪み、そして無限に圧縮されていった。体内の熱気が潰れた人体から逃げ出し、船艙いっぱいにむんむんと立ちこめていた。だがその熱気も、ついには行きどころがなくなった。船艙の高さいっぱいまで人間が満ち、空間がなくなったからである。それでもまだ、半死半生の連中をかきわけてハッチからもぐりこもうとする人間はあとを絶たなかった。

 

うーん。雷おこし製造工程…。
 

ソビエトがロシアに変わって冷戦が終わっても、世界から核がなくなった訳じゃない。
今だって地球を何回も滅ぼせる量の核兵器は存在するし、これから核兵器を持とうとしている(らしい)国もある。
ドナルド・トランプ大統領候補が日本に核兵器を持たせようって発言をしたとかしないとか。
 

「霊長類 南へ」はドタバタでナンセンスでブラックなフィクションだけど。
全く100%ありえない未来だと、誰が言える?
私たちが南に向かう日が来ないとは、誰に言える?

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