北から南へ、そして南から北へ。突然高度な文明を失った代償として、人びとが超能力を獲得しだした「この世界」で、ひたすら旅を続ける男ラゴス。集団転移、壁抜けなどの体験を繰り返し、二度も奴隷の身に落とされながら、生涯をかけて旅をするラゴスの目的は何か?異空間と異時間がクロスする不思議な物語世界に人間の一生と文明の消長をかっちりと構築した爽快な連作長編。
(「BOOK」データベースより)
「わしらがご先祖のこの地に来なさったは今を去ること二千二百年の昔、詳しくは二千二百と十五年、三ヶ月と四日になる。ご先祖が罪とけがれの極みに達したその黄色い星を捨てなされて出発したその時その人数はきっかり千。この地に着いた時は千と三人。二人死んで五人生まれたとやら。宇宙の暗闇をわしらの暦で足かけ三年、この船は光を追い越して飛んだのじゃ」
むかーしむかしの、その昔。
それとも遠い遠い未来。
地球なのか違う星なのかも分からない、いつかどこかの世界で旅をする、ラゴスの生涯を綴ったサーガがはじまります。
光速を超えて進む宇宙船を作れるほどの文明を持ちながらも、頭脳重視のホワイトカラー集団では、いざ機械が故障したら対応ができない。だってほら、壊れた部品を直すにも、原料の鉄を掘り出すブルーカラー労働があってこそでしょ?
“この地”に降り立って数年で、テクノロジーありきの高度文明は瓦解し、原始の時代に逆戻りします。
ご先祖様は故郷の星から持参した膨大な書物をひとつの堅牢な蔵に集めて封印することに致しました。
いつか書籍を読破し、情報を有意義に使うことができる人物が現れる時のために。
盆地を去るときヌー教授は嘆してこう言われたそうな。『はてさてこれらの言葉を読み解き得る者が世界より消えるのが早いであろうか。はたまた書物が古びて消えるのが早いであろうか』とな。
紙だって永続ではないにしても、やっぱりこういう時は紙の書物は強いよな。キンドルじゃーこうはいかないよ。
さてラゴス。
件の書物があるポロの盆地に向かう旅の途中では、様々な出会いがあったり別れがあったり、奴隷狩りに捕まったり淡い恋心を抱いたりしますが、目的地であるポロの盆地へは結構早めに到着します。小説の中ほどくらいには。
ポロの村に逗留して、ご先祖様が残した膨大な書物を何年も何年もかけて読み解くようになります。
ラゴスが蔵にこもっていた期間は推測13年ほど。この13年、本好きにとってみれば垂涎の、愉楽のひとときです。
移住者が筆記した日記からはじまり、歴史や自然、風俗や芸術をざっと写真集でさらい、思想・哲学書で音を上げた後には、先に風土を理解せんと形而下的な実用書を読み始め、史書と伝記を並行して読み、それと同時期に書かれた文学は『あまりにも愉悦が大きすぎるような気がして』あえて避け、政治学、経済学に手を伸ばしている合間に村で起こった闘争を手助けするために軍需指南をし、社会学から医学・化学分野に移行する途中でついに誘惑に耐え切れず小説を読んでのめりこみ、再び思想・哲学分野に舞い戻ったときにはラゴス47歳。
彼が書物に耽溺している間に、ポロの村はラゴスのおかげで発展してひとつの国となり、彼はいつの間にかポロの王様になっていました。
書物を全て読破し、先人の知恵を身につけて王様になったラゴスは、そのまま王様として幸せな生涯を閉じたでしょうか?
いいや。ラゴスの旅はまだ終わらない。
王国をそっと抜け出して故郷に還ったラゴス。故郷の町でも遠く王国の噂は流れてきていて、その王様がラゴスであったことに家族もびっくり。
ラゴスが知り得た知識を知りたいと周囲の人々が押しかけ、毎日が勉強会。それはどんどん拡大しシステム化され、大学で講義をしながら本にまとめていく作業をラゴスは始めました。
ラゴスのおかげで活版印刷ができるようになったので、ポロの国から持ち出せなかった先人の書物も、ラゴスがまとめた本により広く社会に知られるようになります。
そうして、この国の人々は再び、高度な文明を得ることができるかもしれない。
年老いたラゴスが死んでも、高みに昇るハシゴが外されないように。
情報をすべてまとめ上げ、自分に出来ることはし尽くしたラゴスは、そのまま隠居して故郷で幸せな生涯を閉じたでしょうか?
いいや。ラゴスの旅はまだ終わらない。
「それにわたしは、そもそもがひとっ処にとどまっていられる人間ではなかった。だから旅を続けた。それ故にこそいろんな経験を重ねた。旅の目的はなんであってもよかったのかもしれない。たとえ死であってもだ。人生と同じようにね」
北方都市の森の中にいるという、伝説の氷の女王は、かつてラゴスが若き日に出逢った少女デーテかもしれない。
雪の森に入ったラゴスは、飢えと寒さでそのまま死ぬのでしょうか?それとも、氷の女王と再会して、伝説の一部に加わるのでしょうか?
いいや。ラゴスの旅はまだ終わらない。
どこへ向かうのかも、何が目的なのかもわからないけど、ラゴスの旅は続く。人生と同じように。