三人組のコンビニ強盗が、総合病院に立て篭った。院内の人質は五十人。犯人と対峙するのは「交渉人」石田警視正。石田はテレビやプロ野球の話題を織り交ぜ、犯人を思い通りに誘導、懐柔していく。しかし、解決間近と思われた時、事件は思いもよらない方向へ転がる。真の目的は何なのか?手に汗握る驚愕の展開と感動のラスト。傑作サスペンス。
(「BOOK」データベースより)
『お前は完全に包囲されている!』
『無駄な抵抗は止めて、大人しく出てきなさーい!』
『マサル~!これ以上お母さんを悲しませないで~!』
昭和の刑事ドラマでよくありがちな、籠城犯へ拡声マイクで叫ぶ説得方法というのは、今ではもう廃れてしまっているのでしょうか。
あとドラマでありがちなのは取調室のカツ丼ね。あのカツ丼は今ではどうなのかしら。そして、カツ丼代金は刑事さんの自腹なのかしら。それとも経費で落ちるのか。
平成の世では、籠城犯への交渉も「交渉人(ネゴシェイター)」がスマートに行います。
映画やドラマ、海外でも日本でも、人質をとった事件と言ったら近年はすっかりTHE・交渉人が活躍している昨今。
この小説「交渉人」は、交渉人が題材のフィクションの中では比較的古めの2003年の発刊。
日本のリアル警察ではまだ、交渉人という専門分野が未発達であった時代の作品です。
「優れた交渉人に欠かせない資質は何だと思いますか」
さあ、と安藤が首を捻った。
「わかりませんな。普通に考えれば説得する能力ということになるんでしょうか」—(中略)—
「ネゴシェーターにとって一番重要なことは、喋らないということなんです」
日本では『ネゴシェイター』という職種が一般的に認知されていなかった頃の小説だからでしょうか?作者の五十嵐さんは、小説の中で丁寧に丁寧に交渉人の仕事説明を記述しています。
で、そのナビゲーターとなるのがこの小説の主人公、遠野麻衣子さんです。後日は自身でも交渉人として活躍する彼女ですが、シリーズ第一冊目のこの時点ではまだ、高輪署の内勤刑事さんです。
二年前に上司との不倫疑惑が噂になって閑職に飛ばされた元・ネゴシェーター研修生。
デスクワークでくさっていた彼女の元に飛び込んできたのは、チンピラ三人組が逃走の末に病院に立て篭もった人質籠城事件。
『近くに居たから』というイージーな理由で本部に呼び出された彼女は、そのままイージーな流れで犯人との交渉に参加します。
とはいえ、実際に交渉を行うのは彼女の元上司。ダンディで男前な石田警視正は、スマートに、クールに犯人と交渉をして参ります。
そのスマートさ、犯人との流れるような交渉っぷりには、読者の目もハート。遠野麻衣子さんの目もハート。
では、遠野麻衣子さんの本書における役割とは何でしょう?
それは、ネゴシェーターの仕事がイマイチわかってない読者の皆さんに、交渉人・石田警視正のよどみないネゴシェートを逐一説明して行く役割です。
例えて言うならば、NHK教育テレビの囲碁番組で、手筋を解説する解説者のように。
「黒、サン、ゴォー」
「これは良いアタリですね」
とか。適当だけど。
いや~ん交渉人ってス・テ・キ❤ ドチンピラを苦もなくコロコロ掌で転がして、交渉人の活躍で事件は解決に導かれるのね❤
と、読者は目をハート型にしながらウキウキと読み進めます。
…第三章までは。
第四章に入ると、これまでの話はガラガラガラ~っと変わります。
実際にはそれまでにもちょこちょことクスグリは入りますので、『あれ?何かあるのかな?』という心構えは入るものの、読者の裏読み方向は見当がつかじ。
まさかそっち側に疑惑のタネがあったとは。
そっちってどっちよ?とは聞かないで。答えないわ。
「あまりにもすべてがうまくいきすぎる、と思っていました」
恋する乙女の遠野麻衣子さんが、目の中のキラキラハートを取り除いて見たら真実がわかったように、読者の私たちも、コンタクトレンズを外すようにキラキラハートを外してみたら、第四章の前に真実に気付けるかも。
ダンディ好きには難しいミッションだ。自信があるなら、やってみそ。