箱根駅伝を走りたい――そんな灰二の想いが、天才ランナー走と出会って動き出す。「駅伝」って何? 走るってどういうことなんだ? 十人の個性あふれるメンバーが、長距離を走ること(=生きること)に夢中で突き進む。自分の限界に挑戦し、ゴールを目指して襷を繋ぐことで、仲間と繋がっていく……風を感じて、走れ! 「速く」ではなく「強く」――純度100パーセントの疾走青春小説。
(Amazon内容紹介より)
ええ。私、箱根駅伝が大好きでして。
正月の2日と3日は必ず日本テレビにチャンネルポチっとなです。1月2日はさくら実家に年始挨拶(という名の飲み会)に出向くのが恒例なのですが、毎年毎年、何時に自宅を出るのかが迷いどころ。
自宅からさくら実家までドアtoドアで1時間。トップが平塚中継所でタスキを渡し終えたら出て行くか、それとも戸塚か小田原か…途中で選手のブレーキがかかったり、タスキ繰上げの可能性なんて出てきたら、もう気になっちゃって家を出られないんです。
箱根駅伝選手の皆さん!3区~4区あたりまではダンゴで!駆け引きや突然の故障は、何卒箱根の山登りあたりからお願いします!
箱根駅伝をこよなく愛するさくらさん。箱根駅伝を題材にした小説があると聞いたら、読まなくちゃなんねえ。
「風が強く吹いている」は、とあるオンボロアパートに住む大学生達が、1年かけて“箱根の山は天下の嶮”に挑む物語です。
正直ね。最初は『ありえね~っ!』と思ったことを告白いたします。
だってあまりにも突飛な、荒唐無稽な設定。たった10人の学生、その殆どは陸上経験なし。オタク含むインドア半数。
リーダーのハイジ(アダナじゃなくって名前が灰二。これはキラキラネームに類するものか)に騙くらかされて陸上部に登録されてしまったオンボロアパート住民が、たった一年、たった一年よ?
関東の数多ある大学陸上部を差し置いて箱根に出場し、予選会を勝ち抜き、箱根に出場してシード権をもぎとる?
そりゃあファンタジーでしょう!これが通用するならどの大学も苦労はしませんって。
ですが。
読み進めるうちに、段々と、ファンタジーがファンタジーに思えなくなってくるんです。
行ける訳ないじゃん。行けないよねえ。行けたら良いなあ。行って欲しいなあ。あれ、もしかして行けるんじゃないか?
ニコチャン。キング。王子。神童etc.etc.
オンボロアパートの住民は皆クセのあるタイプで、小説前半では『変り種だけ出せばすむと思ってるチンケな青春小説』(ゴメン)的な印象が強く、あまり感情移入はしづらいところ。
でもね、後半になって段々と、それぞれの登場人物が浮きだってくるんですよ。単なるノーテンキ双子だと思っていたジョータとジョージの関係性とか、オタク王子の努力とか。
チームの中心となるハイジと走だけじゃなく、10人が10人とも、すごく魅力的に見えてくる。
遊行寺の坂を走りながら、必死なのに、すごく苦しそうなのに、すごく幸せそうなクイズマニアのキングとか。
俺はこんなに、だれかと濃密に過ごせたことはなかった。一緒に、心から笑ったり怒ったりしたことはなかった。たぶんこれからもないだろう。ずっとあとになって、俺はきっと、この一年を懐かしく切なく思い返す。
俺はなあ、ハイジ。これが夢であってほしいと思うんだ。
二度と覚めたくないほどいい夢だから、ずっとたゆたっていたいと思ってるんだよ。
だから読んでる側も、彼ら全員を応援したくなっちゃうんですよ。ほら、箱根は二人じゃ走れないからね。
ちなみに作者の三浦しをんさん。「風が強く吹いている」を書くにあたって、大東文化大学と法政大学の陸上部に取材を行なったらしいです。
で、どうしてその2校が取材対象になったのかは、関東学生陸上競技連盟にこんな質問をして、返ってきた学校名が、この2校だったから。
「箱根駅伝には出場するけれども毎回優勝するようなレベルではなく、徹底管理型ではない指導者がいて、若者をどう伸ばしていくかに腐心しているアットホームな小さな陸上部」
ちょー納得ちょーちょー納得。っていうか大学カラーにまで詳しいわけじゃないけど何となく納得できる学校チョイス。
徹底管理型ではない指導者。「風が強く吹いている」のハイジも走も、高校生の時分に徹底管理型の指導者とのトラブルの結果、一旦陸上を離れた経緯がありました。
一旦離れたからこそ、走る喜びがわかる二人。徹底管理型でないからこそ、伸びる仲間達。
リーダーのハイジが、チームメイトそれぞれの特質にあったアドバイスとサポートで、個々の力を引き出していきます。
その基本は、信じること。根気強く、待つこと。
いやマジで、ハイジがリーダーだったら陸上初心者が一年で箱根駅伝に出られるのも分かる気がする。
「長距離選手に対する、一番の褒め言葉がなにかわかるか」
「速い、ですか?」
「いいや。『強い』だよ」
と清瀬は言った。「速さだけでは、長い距離を戦いぬくことはできない。天候、コース、レース展開、体調、自分の精神状態。そういういろんな要素を、冷静に分析し、苦しい局面でも粘って体をまえに運びつづける。長距離選手に必要なのは、本当の意味での強さだ。俺たちは、『強い』と称されることを誉れにして、毎日走るんだ」
彼ら10人が、箱根駅伝を目指し始めてからの一年で、そりゃもちろん『速く』なったことも事実です。
でもそれよりも10人は、もっと『強く』なった。ハイジのおかげで。ハイジも含めて。
だからね。
陸上経験者から見たら、この小説はファンタジーに思えるのかもしれないけど。
ファンタジーだったら、ファンタジーでも良いじゃない。
箱根駅伝であっても、陸上の世界であっても、それ以外の世界であっても、こんなファンタジーが世の中にあっても良いよなあ、と思えるような、読後感の良い小説でした。
それにつけても早く来い来いお正月。箱根駅伝は楽しいなあ。