森田冴子は、実業家である父と渡米したとき、機内で見かけた国際線ステュワードの精悍な背中に魅せられてしまった。だが、その男、宮城譲二は、スパイ容疑を受けロンドンから消えたとか、傷害罪で保釈中の身だとかいう、物騒な噂が多々ある「複雑な」彼だった。冴子は、彼に翻弄されまいと、必死で恋心にブレーキをかけるが、やがて2人は恋人同士になり…。三島が40歳で書いた、青春恋愛小説。
(「BOOK」データベースより)
かつて『塀の中の懲りない面々』という本がベストセラーになったことがありました。
元ヤクザが刑務所内で起こる出来事を描いた自伝的小説。作者の安部譲二さんは昨年にガンの手術をされたらしく、現在は闘病生活中との噂。
この安部譲二さん、なかなかにダイナミックなお方でございまして。
裕福なご家庭に生まれ「「謎」の進学校 麻布の教え」の麻布中学で故・橋本龍太郎氏と机を並べ(麻布はやっぱり変だw)高校は慶応に進学とエリートコースを歩みながらも、何がどうしちゃったか慶応ボーイとチンピラヤクザの二束のワラジ。おい何をどこから間違えたw
その後は海外留学に行ったり逮捕されて刑務所に行ったりプロボクサーになったり悪役レスラーになったり日本航空で働いたりと、もう忙しくってしょうがない。
その安部譲二さんの日本航空のスチュワード時代をモデルにした小説が「複雑な彼」です。
たしかに、ふ・く・ざ・つ~。
世の中には「男は上淫を好み、女は下淫を好む」という言葉がありまして。
男は自分より身分の高い女に欲情し、女は自分よりも身分の低い男に欲情するという意味です。そのまんまの説明だなあ!
男性がCAとか教師とか、深窓のご令嬢とかをナントカしたいと考えるのは、これにあたりますね。逆に、お嬢様が得てしてチンケなチンピラにハマってしまうのも同様。
まあ「複雑な彼」も、ぶっちゃけ言えばそーいう話ですわ。
この小説は女性向け週刊誌の連載小説として発表された作品ですので、下賎というか何と言うか、お上品に仕立てたハーレクイン・ロマンス的な調味料がどっちゃり振りかかっています。
なおかつ、世の女性の胸を焦がすフェチ系のお楽しみもあり。女性が好む男性のパーツとしては、手とか、声とかがよく言われますが、この場合のフェチ対象は、背中です。
それは実に、惚れ惚れするような隙のない背中だった。紺の制服の大きな丈の高い背中は、せまい機内で身をもてあましそうなものなのだが、それが一分の隙もなく優雅に動き、腰をひねるときの紺の皺までがイキな流線をえがいて、全然、その大きな背中が鬱陶しくない。
『どんな顔をしていたかしら?』
と、ついさっき、自分のそばをとおりかかったそのスチュワードの顔を、あんまりおぼえていない自分に、冴子はおかしくなった。
スチュワードの背中に興味を持った主人公の冴子さん。知人を介して知った「背中の君」は、国際線のスチュワードの前職はバリバリのブルーカラー・井戸掘り人足だったとを知ります。
なおかつ彼と言葉を交わすようになって知った事実は、安部譲二さんのダイナミックな半生の通り。多様な職業経験と女性経験、何人もの人生をひとりで全部経験してきたような、謎めいて、複雑怪奇な男。
お父様が大手企業の社長の世間知らずのお嬢様。コロッとまいっちゃうのも、無理はない。
恋情に燃え上がった冴子さん。「背中の君」と結婚したいと熱望するようになります。
しかし、彼にはどうしても、冴子と一緒になれない理由がありました。
彼の「複雑な」理由とは…。
って、ここからラストの「複雑な理由」をネタばらししちゃいますけどね。
なんで彼が冴子と結婚できないのかというと、背中に刺青が入っているからだそうなんですね。びっしりクリカラモンモン。
え…いまさら?
それまで結構キナ臭いことも聞かされ、そこが彼の魅力だと「下淫を好む」状態だった筈なのに、いざモンモン見せられたらビジュアルに圧倒されてしまうのがお嬢様たる所以でしょうか。
という訳で、この小説の教訓は「百聞は一見に如かず」ってことでよろしいでしょうか。
もしくは「上淫を好む男性諸氏は刺青を彫るな」って方がよろしいでしょうか。どっちでも良いですよ。正直、軟弱なお嬢様の冴子ちゃん自体、どうでも良い話ですし。
それよりも「複雑な彼」は、冴子ちゃんが逃げ帰った後のラストが素敵です。
ラストシーンでびっくり仰天のお嬢様冴子ちゃんが逃げ帰ってしまい、彼は『ダメだ~俺はどうせシャバには戻れない運命なんだよう~』としょんぼり。
それを、小説の中盤から登場する右翼関連の男がなぐさめて肩を叩き、こう言います。
「よし、これで君は、女たちの世界を卒業した。今日から君の前には、冒険と戦いの日々がはじまるんだ」
モデルとなった安部譲二さんに重ねあわせてみれば、「背中の君」は日本航空を退職後、ヤクザ稼業にずっぽり入って行く訳ですよ。
冒険と戦いの日々?
ヤクザが「冒険」してるのかどうかは、わっかりませんけどねえ。