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浅田次郎「見知らぬ妻へ」

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新宿・歌舞伎町で客引きとして生きる花田章は、日本に滞在させるため偽装結婚した中国人女性をふとしたことから愛し始めていた。しかし―。(表題作) 才能がありながらもクラシック音楽の世界を捨て、今ではクラブのピアノ弾きとして生きる元チェリストの男の孤独を描いた「スターダスト・レビュー」など、やさしくもせつない8つの涙の物語。
(「BOOK」データベースより)

「せつない」という言葉の意味を/初めて知りました

上記は「見知らぬ妻へ」の光文社文庫の帯文です。
いままで知らなかったのかよ、オイ。すいぶん幸せな人生送ってんな。
 

とか冒頭からさっそく茶化すのは止めにして。
浅田次郎の文庫本は、どの出版社での帯文もなかなか良い文章が多いんですよ。個人的にNo.1は文春文庫の「姫椿」だとは思ってるんですけど、なかなか、これも、いーよ。
 

こう言ってはナンですが“泣かせの浅田”が直球で放つセンチメンタリズムと浪花節のボールは、帯文の担当者さんとしても書きやすいのではないかという気がいたします。どうでしょう?
 

さて、光文社の帯文作成担当者さんに「せつない」の意味を初めて教えてくれた、浅田次郎の「見知らぬ妻へ」
…なんだか「せつない」って言うより、「さびしい」って言葉の方が、当てはまるような気がする。

「マモルはおまえに惚れてるってよ。よろしくな」
路地を出ると、僕は夜空にぽつんと聳える京王プラザの灯をめざして、やみくもに走った。
静まり返った工事現場の、濡れた鉄板の上に大の字に寝転んで、夜明けを待った。ナオミを愛しているのかもしれないと思った。—(中略)—
恋をしてしまった自分の淫らさに耐えきれず、僕は寝転んだまま拳を鉄板に打ちつけ、地団駄を踏んだ。
自分が一頭の牡であると初めて感じた。

掲載されている8編の短編、全てではないですが「見知らぬ妻へ」の中には結構やりきれない、報われない話が多いです。
シミジミジーンを期待する向きにはおすすめ致しかねますな。
 

特に表題作の『見知らぬ妻へ』は、うーむ、せつないの一言では収まりのつかないやりきれなさが残ります。
浅田次郎の別作品「ラブ・レター」を連想される方も多いのでは。登場人物は違えども、『見知らぬ妻へ』の玲明は、『ラブ・レター』の、あの奥様が結婚した当時の話として読むことも出来るような気がする。
 

夜行バスに乗って去った玲明の未来が、『ラブ・レター』に繋がるのだと考えたら…せつなさの一言じゃ、そりゃ収まらんよねえ?

やりきれぬ短編ばかり論うと自分の心がダークになるので、ここではちょっと楽しい(?)『迷惑な死体』をご紹介。
一人暮らしのおんぼろアパートに帰ってきたら、自分の布団で、知らない男が死んでいる。
 

確かに、迷惑だ。

落ち着け、よおっく考えてみろ、と良次はもういちど自分を励ました。
幻覚?——いや、それはないと思う。勝兄ィに夜詰めで説教されて以来、覚醒剤(シャブ)はぷっつりとやめた。あれから半年以上はたつ。おとついパクられて小便をとられたときも、反応は出なかった。今さら幻覚など見るはずもない。
だとすると、あれは何だ。
—(中略)—
「おまえ、誰なんだよォ。何とか言ってくれよォ。何だって俺の部屋で死んでるんだよォ」
男は答えてはくれない。あたりまえだ。背広のどてっぱらに、穴があいている。

ちょっとヒッチコック映画「ハリーの災難」的な感じですね。こう言っちゃなんですが、結構コミカル。
追いまわしのチンピラが、突然出現した死体にワタワタオロオロする姿は、申し訳ないけど笑っちゃいます。
死体の始末もどうしたら良いのかわからないのに、組長はこれからドンパチ抗争をするって言うし、兄ィは部屋で拳銃の手入れをはじめるし、おまけに故郷のお母さんまで部屋を訪ねてきてしまう。
わー、わー、わー!

頭の中が、まるでラーメン屋のスープ鍋のようになって、良次は何も考えられなくなった。
きょうはいったい、何という日なのだろう。

安心してください。
やりきれぬ話が多い「見知らぬ妻へ」の中で、『迷惑な死体』は一服の清涼剤。
最後には死体もトラブルも解決して、じんわり、あったか~な結末を迎えます。
そうそう、これなのよ。私が浅田短編に求めている、シミジミジーンはこれなのよ。
 

ダークな気持ちになりたくなったら『見知らぬ妻へ』の後で、『ラブ・レター』へ。
クスクス笑って、最後にすっきりしたくなったら『迷惑な死体』の後で、映画「ハリーの災難」へ。
その時々のお気持ちで、お好きな方をご選択ください。どっちでも、面白いのには変わりないけどね。

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