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筒井康隆「フェミニズム殺人事件」

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南紀・産浜の高級リゾートホテル。待遇、料理が抜群で、選ばれた紳士淑女だけが宿泊できる。作家・石坂は執筆のため、このホテルに滞在した。夜ごとのディナーとお洒落な会話、滞在客は石坂の他5名。会社役員夫妻、美貌のキャリアウーマン、地元の名士、大学助教授だった。サロン的雰囲気、完全密室の中で、三人が次々と殺された―。奇妙なトリックの謎を解く、本格推理長編。
(「BOOK」データベースより)

好きだーーーーーーーー。

何度読んでも好きだーーーーーー。

人それぞれに、読者と本の相性ってものがあるかと思いますが、その伝で言ったら私と「フェミニズム殺人事件」は本当に相性が良い。

何度読んでも心地よい。一行一行が気持ちいい。登場人物の台詞一つ一つに惑溺する、ああ、筒井ドラッグ…。

とはいえ。

これはあくまで極私的な好みなので、他の人が読んで同じ感想を抱くとは限りません。

「…殺人事件」という題名からミステリ要素を期待するミステリマニアの皆様にとっては、期待はずれの評価を下す可能性も大いにあります。

なんたって主人公自身がラストで事件を振り返り『考えてみれば、ずいぶん粗雑な、荒っぽい犯罪だったのだな』と思いますし。

『密室どころかろくなトリックも使わず、誰かに濡衣を着せようともせず、ただ乱暴に三人を殺していっただけだった』とも。

密室の策も練らず、ろくなトリックも使わず、誰かに濡れ衣を着せることもなく、どうして連続殺人が成し得ることになったのかは、ヒ・ミ・ツ~。

では、どうして私 さくらが「フェミニズム殺人事件」をこんなにも好きなのかというと、それは舞台、南紀の高級会員制リゾートホテルに集うお客人達の、スノビッシュな会話が素敵過ぎるからなのです。

崖の階段を石坂のうしろからおりながら、竹内史子がくすくす笑って言った。「ねえ石坂さん。これがフェリーニだったら、ホテルの宿泊客みんな、珍奇な衣装に着飾って、あきれている警官の前を、酔っぱらって出てきたんじゃないかしら」
「歌ったり、サンバを踊ったりしながらね」石坂も笑って言った。「そして海岸に出るんだ」
「ええ。そう。そう」

ここでフェリーニが会話に出てくるのが、高等遊民チックな感じがするでしょ?小説には登場しないけどきっとこの後ね、二人はフェリーニとトリュフォーの違いとかについて語り合うんだわきっと。わからないわワタシ。

「さっきまで警官でいっぱいでしたのに」竹内史子が言った。「こういう時にはひとりもいませんのね。来るときはキーストン・コップみたいにいっぱい来たのに」
「お昼の休憩時間なんでしょう」
「シェスタかもしれませんわね」
美代子夫人が言ったので全員が笑った。
「まさか」
「でも、南国ですからね」
「差別的言質ですぞ」

ああ、もう、大好きで。“スノッブ=お高くとまった俗物”的な自意識を自覚しつつ、それに倣う彼等の言動が、もう大好きで大好きで。

いや、だから、最初に言ったじゃない。鼻につくタイプの読者もいるかもよ。

でも私は、好きなのよ。

上記のリンクから集英社文庫版「フェミニズム殺人事件」の表紙が確認できます。

で、この表紙の写真すら好きな私よ。

大きな伊勢海老の殻のまわりに料理を盛りつけた盛り皿を若柳がテーブルの中央に置いた。歓声が起る。
「よい伊勢海老が手に入ったのですが、たったの一匹。そこでまあこのような冷製を作ったのでございまして」
アスピック・ゼリーを塗られて赤く艶やかに光る伊勢海老は、皿の中央で食パンに支えられて頭を高く上げ、触角をぴんと後方にはねていた。その背中には輪切りにした身が六枚乗っている。
「胴体からその輪切りをば六枚取り出しましたのち、まだぞろぞろ身が出てまいりましたので、これはぶつ切りにいたしまして、野菜のマセドワーヌと混ぜ、冷やしてゼりーにいたしました。まわりに六つ、飾ってあるのがそれでございます」
伊勢海老の殻の周囲には他にも、トマトなどの野菜や卵やブラック・オリーブが盛りつけられていた。
「では、お取りいたしましょう」
加藤コック長と若柳がそれぞれの小皿に取りわけた。

たった今、集英社文庫版「フェミニズム殺人事件」の表紙見返しを見たところ、この写真の料理を作ったのは日本橋の「たいめいけん」なんだってー。あのガン黒シェフの洋食屋さんー。
サーフィンとTV出演ばっかりで仕事してないかと思ってたら、やるな、たいめいけん。

この料理が出てくるのだったら日本橋まで行きたいわ。いくらするかは、わからないわ!

この小説は「文学部唯野教授」と同時期かその後に書かれた小説ですので、当時筒井さんがハマっていた文芸批評の歴史にまつわる話も会話の題材として登場してきます。唯野教授に萌えたタイプの女子は、そこらへんでお楽しみください。

筒井康隆の別小説「パプリカ」もちらっと登場したり、筒井康隆本人もちらっと話に出てきたりと、総じて作者の“お遊び”が感じられる小説でもございます。映画やドラマでカメオ出演を見つけては喜ぶタイプの人も、そこらへんでお楽しみを見つけて。

そして私のように、知的上流階級のスノッブな会話に惑溺したい人は「フェミニズム殺人事件」の全てを、お楽しみください。

鼻につくタイプの読者もいるかもよ。でも私は、好きなのよ。

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