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堂場瞬一「蒼の悔恨」

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雨の横浜―「猟犬」と呼ばれる男、神奈川県警捜査一課・真崎薫の孤独な戦いが始まる!連続殺人犯・青井猛郎を追い詰めた真崎だったが、コンビを組んだ赤澤奈津をかばった一瞬の隙をつかれて深手を負い、逃走を許す。捜査から外されるも、青井を追い続ける真崎。犯人が次に狙う標的とは?そして真崎、赤澤、青井を結ぶ意外な接点とは?警察小説の名手が描く、緊迫の長編サスペンス。
(「BOOK」データベースより)

堂場瞬一は警察モノか、それとも運動モノかと思いきや。
あれれ?ハードボイルド。あれれ?恋愛モノ。いつもの堂場さんからしたら、ちょっと異色な作品です。

殺すためだけに襲った。
そういう行為に至るには、大抵長く複雑な前提がある。様々な要素が熟成されて、ある日突然爆発するのだ。わたしたちの仕事とは、出来上がったワインをブドウに戻すような作業である。ブドウの色、香り、甘みや酸味をより分けてから、単なるブドウの搾り汁が高貴なワインに変化した一瞬のポイントを探すのだ。ただし、わたしたちが調べるワインは必ず腐っている。

舞台は神奈川県警の捜査一課。とはいえ、主人公の薫さんは現在怪我のために休職中です。
せっかくのお休みなんだから養生していれば良いのに、休みを返上して探し回るのは、彼を刺して逃走した、連続殺人犯の青井猛郎。
お腹刺されて一時は意識不明の重体だったというのに、退院直後から県警には出向いちゃうしポトフは作っちゃうしBMWの運転はしちゃうしネタ元に会いに出かけるし、病み上がりとは思えないアクティブな活動ぶり。刑事って身体丈夫ですね!
 

そしてなおかつ、通常の堂場作品とは異なり、主人公は恋愛にもアクティブ。同じく青井に負傷させられた女性刑事の奈津にメロメロデレデレ、手作りビーフシチューを持って彼女の家に押しかけるなど、なかなかに肉食ダンスィな秋波を送っています。いやあ、堂場瞬一の小説で女性が出てくること自体珍しいのに、まさか二人がどうこうなるとは思いもよりませんでしたよ。
 

手作りビーフシチューといえば、この作品の中で最大の謎こそが、ビーフシチューでして。
 

さんざっぱら青井を探し回って家路についた午後7時半。疲れて眠ろうにも眠れない主人公が、ビーフシチューを作り始めるシーンがあります。

大振りに切った牛のランプ肉をオリーブオイルで炒める。表面に焦げ目がついたところで一度取り出し、細かく刻んだタマネギを、肉の脂で痛めつけた。

ここからビーフシチュー製造過程が続き、それはそれなりに美味しそうな描写ではあるんですが、どうして主人公の家に『大振りの牛ランプ肉』があるの?
 

男の一人暮らし。しかも捜査一課の刑事。なにかあれば自宅にも戻れないような日常の中で、生肉、しかも牛の固まり肉なんて、そうそう冷蔵庫に常備しておかないと思うんですよね。
ビーフシチュー作ろうなんて思ったら、まずスーパーに買物行かなくちゃだよ?
 

ちなみに午後9時半には出来上がるので、冷凍肉を使ったという可能性は排除されます。
ということは、彼は常に牛固まり肉を冷蔵庫に常備しておいているという結論になりますね。

刑事の薄給ながらも、無駄になるかもしれない牛肉を常駐キープできる主人公のおセレブさんっぷりは、独身貴族ならではの冥利でしょうか。
お洒落にも結構気を使ってますしね。M65を着たりとミニタリー調がお好みなようで、愛用の靴はレッドウィング。独身貴族~。
 

安物の靴底を磨り減らすのが刑事モノ。アイテムのこだわりが必ず入るのがハードボイルド。
よって、「蒼の悔恨」は由緒正しきハードボイルドでございます。

「蒼の悔恨」がハードボイルドとされる所以は、主人公の台詞にも伺うことができます。

「真崎さん、あなた、時々不愉快な人になりますね」
「時々ですから我慢して下さい」言葉を切り、灰皿に煙草を押し付ける。

ハードボイルドの主人公ってのは、往々にして発言が無礼な場合が多いです。皮肉屋というか、単に口数が多いというか。
会う人会う人に洩れなく失敬な物言いをしていますので、連続殺人犯に刺されなかったとしても、彼はいつか誰かに刺される運命にあったような気がします。口は災いの元と言いますし。
女性刑事の奈津にもかなり失礼な物言いをしているのに、何故彼女が主人公と肉体関係を結ぼうなんて思い至ったのか。それが不思議。M気質か。
 

粉をかけたら落ちない女はいないのがハードボイルド。
よって、「蒼の悔恨」は由緒正しきハードボイルドでございます。
 

まあ、ここではストーリーはさらっと流しておいて。
ハードボイルドにはストーリーなんて付随的なような気がしますし。
犯人の青井も、最終的には死んじゃいますが、彼の過去とか逃走時の潜伏場所とか資金源とか、思わせぶりに出てくるモノローグとか、主人公の生い立ちとか奈津の家族関係とか、いろいろ謎はありながらも『じゃ、あとは読者の想像にまかせたってことで!チャオ!』と爽やかに手を振り去っていく堂場さん。ま、待って行かないで。せめて奈津とどうなったのか、その謎だけでも片付けておいて。
 

謎を謎のままにしておくのがハードボイルドと言うならば、「蒼の悔恨」は由緒正しきハードボイルド…なの、か?

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