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北村薫「中野のお父さん」

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出版界に秘められた“日常の謎”は解けるのか!?体育会系な文芸編集者の娘&定年間際の高校国語教師の父。
(「BOOK」データベースより)

前回の「作家刑事毒島」では、文芸界に連なる面々はなべてロクでもない、魑魅魍魎の巣窟だと称されておりました。
 

対して北村薫が描く出版業界は…あぁ~、まっとうな人たちがいるよう。お母さん、怖い人がいなくなったよう。嬉しいようう。
至極普通の人…よりもちょっと紳士淑女な方々で、なにこれ同じ業界の話なの。どっちが本当なの一体どっちなの。

電話の前に、コーヒーを一杯だけ飲む。ちょっとだけ、連載前の気分を楽しむ。新人だから、最終候補になったと聞けば飛び上がって喜ぶだろう。これから、その気持ちを共有できるのだ。

中山七里が描く文芸の世界と、北村薫が書く文芸の世界。どっちが実情にそぐっているかという謎を…解くミステリではありません、念のため。

主人公は、出版社勤務の美希ちゃん。中野のお父さんの一人娘です。
現在は文芸雑誌の担当。以前配属されていた女性誌の編集時代に、装いが派手になり朝帰りの連続…(あそこのお嬢さん、夜のお勤め?)なんてご近所の噂から逃れるように、実家を出て一人暮らしをしてます。
そんな経緯で愛娘を手放してしまったとしたら、娘LOVEのお父さんとしてはご近所の奥様連に恨み骨髄でしょうね。
 

さてさて。
「中野のお父さん」は、美希ちゃんがお仕事中に感じた疑問を、中野のお父さんと解き明かす“日常の謎”ミステリです。
大丈夫、人は殆ど死なないよ!だって“日常の謎”の北村薫作品だから!
 

中山七里作品でヤサぐれた心を静めるリハビリとして、ああ、心が癒される…。

あの、おかしなこと、いい出すとお思いでしょうけど——
わたしには、父がいるんです。
定年間際のお腹の出たおじさんで、家にいるのを見ると、そりゃあもう、パンダみたいにごろごろしている、ただの《オヤジ》なんですけど——
謎をレンジに入れてボタンを押したら、たちまち答えが出たみたいで、本当にびっくりしたんです。
お願いです。このこと——父にだけ、話してみてもいいでしょうか。

このお父さんは高校の国語教師で、すげー博覧強記!いや世の中の国語教師の皆が皆こんなに博学とは思えない。
ミステリの体裁としてはアームチェア・ディティクティブに当たりますが、文学関連の質問には答がそれこそ電子レンジかトースター(焼けたらポン!て出てくるタイプ)のようにポンポン出てくるし、参考文献や古書の類は部屋からどんどん出てくる。
お父さんの部屋は魔窟だわ。地震が起きたら埋まるわきっと。
 

で、あまりにもお父さんの薀蓄が高等に過ぎて…ごめんなさい、頁を繰るごとに、ついて行けない自分を感じるのー。
短編集最初の『夢の風車』とか、ホントに“日常の謎”レベルはまだしも、「尾崎一雄が志賀直哉への献辞を書いた献本が興味深いのは何故か?(『謎の献本』)」ってそれ日常じゃないーそもそもの“謎”からして謎だー。
 

「中野のお父さん」を100%楽しむには、読者の側でも国文学に対するある程度の教養が必要なこと、予めご注意申し上げておきましょう。
国文学に造形が深い人だったらきっと、よりお父さんの薀蓄を楽しめると思うよ!
逆に、さほど造形が深くない普通レベルの皆々様(私含む)が楽しめるのは…70%くらい?いや80%行けるかな?いやでも、全284ページの70%だとしてもおよそ200ページ分は楽しめますよ。それは保証。

父は、にっこり笑った。
「お前はまだ、《父親の心》が分かってないな」
「どういうこと?」

「中野のお父さん」は、文芸界の“日常の謎”ともう一本、主軸として“娘LOVE父心”が大柱になっています。
上記は『夢の風車』の一節。新人賞に応募された小説が、実は応募者父の作品を娘が書き直した合作であることを推理したお父さん。
自分の作品を改稿された父の気持ちとして、書き直したのが妻だったらムッとするけど、娘だったらちょっと嬉しくなっちゃう父心までも推理します。

「ま、世の中色々だから、絶対に——とはいえないよ。だけど、娘に取材出来たり、原稿を読ませたりする親だ——とする。娘の方も取材に応じ、父親の書いたものを読みたがる。そういう親子関係が出来てるんなら大丈夫。——父親ってのはなあ、お前が思っている以上に甘いもんだぞ」

先ほど「中野のお父さん」を100%楽しむには国文学の教養が必要だと申し上げましたが。
もうひとつ。娘を持つ全てのお父さんも「中野のお父さん」を100%楽しめる、かもしれません。
娘LOVE父心ダダ漏れを、どうぞ心ゆくまでご共有くださいまし。

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