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久坂部羊「無痛」

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神戸の住宅地での一家四人殺害事件。惨たらしい現場から犯人の人格障害の疑いは濃厚だった。凶器のハンマー、Sサイズの帽子、LLの靴跡他、遺留品は多かったが、警察は犯人像を絞れない。八カ月後、精神障害児童施設の十四歳の少女が自分が犯人だと告白した、が…。外見だけで症状が完璧にわかる驚異の医師・為頼が連続殺人鬼を追いつめる。
(「BOOK」データベースより)

つい先日、無痛覚症の家族会Webサイトを覗いた際に、トップページに掲載の文章に目をひかれました。
平成27年にTVドラマ化された「無痛」の視聴者に対する告知文。

先天性無痛症は「精神面の痛みを感じない」という表現と、自分で自分の腕を「平然と」ナイフで切るという映像がありました。
このことは事実とは全く異なり、「無痛症」に対する誤った認識を与えてしまうのではと大変危惧しています。
この病気はとても症例が少ないため、あまり知られていません。 他人の心に共感できないといった心の痛みがわからないことや、自らの意思で他人の身体を傷つけることはありません。
また、今後、原作の展開では先天性無痛症を原因として残忍な殺人を犯す描写があります。
「無痛症=人殺し」「無痛症=人を平気で傷つける」というイメージがもたれないよう、そして、この病気が誤解されないことを切に願います。
(NPO法人無痛無汗症の会トゥモロウWebサイトより抜粋)

私は件のドラマを観ておらず、久坂部羊の小説「無痛」しか存じませんので、ここではTVドラマ「無痛~診える眼」ではなく、原作として置き換えますが。
まあ確かにね。病状を題材にされた場合、患者さんとご家族がさぞご不快だろうなーっていうのは想像できます。
これは無痛覚症に限らずともね。何らかの事象が取り上げられた際に、その当事者に望ましくない取り上げられ方をする場合も往々にしてあるものです。フィクションとして割り切るしか無いかもしれませんね。
 

しかしながら、この「無痛」で出てくる無痛覚症のイバラくん。確かに彼が連続殺人の実行犯ではあるものの、そもそも彼は無痛覚症が故に殺人を犯したのではありません。
彼はとある人物に利用されていただけですので(少なくとも最初は)無痛覚症を前面に押し出されると『オイオイ、そりゃ違うだろ~っ』と、言いたい気持ちもわからなくはない。

脂肪の層を分けると半透明の腹膜が露出した。鉤のついたピンセットで腹膜をつまみあげ、いつも白神がするようにメスで五ミリほど切開する。すかさず切り口をコッヘル鉗子ではさみ、クーパーで腹膜を一気に切り裂く。
「あぁーっ」
ふたたび男の身体が前後に縮んだ。

きっとね、お医者様でもある久坂部センセイと、作中の無痛覚症患者イバラくんは、人の痛みを感じるレベル感は似たり寄ったりなんじゃないかと思いますよ。
イバラくんがストーカー男を拉致してレッツ人体解剖☆ノン麻酔で4649!を行うシーンは、それはそれは懇切丁寧にみっちりねっちょりがっつりと描写されていまして、この本を読んだときに私は知人の外科医S先生の発言を思い出しました。

『手術する時とか怖くないんですか?』の問いに対して、
『切るだの縫うだの、全然平気だよー!だって僕は痛くないもん
そうよね、患者の痛みにいちいち共感していたら、治療なんてできませんものね。
痛覚があろうとなかろうと、関係ないのかも。
 

さて。
「無痛」は、なにも無痛覚症だけを題材にした話ではなく、むしろそれはスパイス的な役割でしかありません。
病気でいえば、自閉症、統合失調症、境界性パーソナリティ障害なども。
病気以外でいえば、視診(すげーの)、自由診療、刑法39条、薬物催眠、DV、誘拐その他。
ある日起こった一家4人殺害事件をきっかけとして、それらがごっちゃりゴンズイ玉のように固まって、んもう盛り沢山で無痛覚症の影が薄まる勢いですよ。

さて。
唐突ですが、クリフハンガーという作劇手法をご存知でしょうか。
TVドラマやシリーズ映画などでありがちな、物語の最後に主人公が『絶体絶命!』で終了したり、謎を残したままでエンドになる手法。つまりは次回作への引っ張り用ですね。
あの手法、あざとくって嫌いなんですよ私。
 

ひとつお断りを入れておくと、ラストに余韻とか謎を残す終らせ方自体が嫌いということじゃありません。『まってー!この先どうなるのか教えてーっ!』と身悶えるラストも、それはそれでアリです。
私が嫌いなのは、明らかに次回作狙いで『気になるだろ?気になるなら続編見ろや』と、中途半端でぶった切るようなラストの作品。売らんかな商売ハンターイ。
 

で、なぜここでクリフハンガーを持ち出したのかというと。
「無痛」のラストが、正にクリフハンガー。超ぶった切りです。

菜美子はそれを見て、半ば放心し、半ば観念したように言った。
「イバラくんが今朝、病院を抜け出して、いなくなったそうです……」

で、
 

えっ?
これで終わり?
 

イバラを影で操っていた主犯の白神院長(ゴメンね今日はネタバレ尽くしで)が、何故だか警察にも追われず海外に逃亡しただけでも、シリーズ2作目への布石は充分成り立つ訳です。
なんで、イバラが脱走する必要ある?しかも前置きもフォローもなく唐突にそこで終らせる?
 

正直ねえ、このラストにだけは、納得いかないものがあるんですよ久坂部センセイ。
楽しくレッツ人体解剖☆を書き終えて、それで満足してしまったかのような放り出しっぷりは、お医者様ともあろう方がそれではなりませぬ。
外科手術を終えたらきちんとね、傷口の縫合まで終らせてくださいな。お腹開けっぱなしじゃ風邪ひくからね。未来の患者からの、オ・ネ・ガ・イ?

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