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アイザック・アシモフ「停滞空間」

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時力戦と平行に動き、エネルギーの過不足のない場<停滞空間>。この別の宇宙を通り抜けて、4万年前からネアンデルタール人の子供ティモシイは連れてこられた。最初ティモシイの異様な姿に恐れをなした世話係のミス・フェローズも、やがて限りない愛情をその猿人の少年に注ぐようになっていく…表題作「停滞空間」をはじめ、万能コンピュータ<マルチヴァク>の不可解な行動を描いた「世界のあらゆる悩み」美貌の妻ヒルダ抜きで、太陽系随一の繁華街マーズポートでのエージェントの活躍を描く「ヒルダぬきでマーズポートに」など巨匠が著わした九つの未来の物語。
(ハヤカワ文庫巻末紹介文より)

可愛いよ~。ティミーちょー可愛いよ~。
 

表題作「停滞空間」に登場するネアンデルタール人のティモシイ(愛称ティミー)がちょー可愛いっす。
SF大家のアシモフさんらしく、タイムマシンとか物質転送とか、SFちっくな道具立ては使われておりますが、その実内容は『攫われてサーカスに連れて行かれた男の子』という昭和ウェッティなお話です。
『悪い子はサーカスに売っちゃうよ!』という脅し文句は、今ではもうめっきり使われなくなった死語の世界。
子供をサーカスに売り飛ばすというのは“口裂け女”と同様の都市伝説であろうとは思いますが、サーカスの独特の雰囲気には、そんな噂も信じてしまうような異空間マジックがありました。
今のシルク・ドゥ・ソレイユじゃ、誘拐された子供を悠長に特訓しているような暇はないだろうし。そもそも人身売買の売り先がサーカスだったら、今の世情ではラッキーとされるかもしれない。今にしてみれば、サーカスに売られるなんて牧歌的な昭和の噂話だったなあ。
 

さて。アシモフのSF短編集「停滞空間」は、表題作以外にもなかなか良い短編が揃っておりまして、地味ながらも結構お気に入りの一冊です。
ティミーが可愛いってーのもありますが、それ以外にもおすすめは多いのよ。
例えば、アシモフがよく自分の作品に登場させる、“マルチヴァク”というスーパーコンピューターを題材にした一編をご紹介しましょう。

「世界のあらゆる悩み」という短編。
“マルチヴァク”は世界中の一切を取り仕切る超高性能コンピューターです。AIとか、ビッグデータとか、そこいらへんを発展させたコンピュータとお考え下さい。
 

マルチヴァクの役割はいろいろ。
地球上の政治、経済、教育、治安、防災、福祉、娯楽、その他もろもろ。公共ばかりでなく、個人のモメ事、問題、悩みまで全て、マルチヴァクが解決してくれます。
『彼女にプロポーズするのはいつが良い?』なんて質問も、マルチヴァクに聞いたら答えてくれるよ。
 

その働きは、起こった事実の解決ばかりではなく、予防にも役立ちます。
マルチヴァクによって、地球上の犯罪数は激減しました。“彼”が膨大なデータから、個々の人物の犯罪リスクを解析することによって、起こるべき犯罪を未然に防ぐことができるようになったのです。
 

ある日。
ボルチモアに住むジョセフ・マナーズ氏が、殺人を犯す可能性があるとして拘束されました。
ごくごく普通の男性であるジョセフ・マナーズ氏は、これまで人を殺すなんてことは考えたこともなく、誰かを恨んでいたりもしません。マナーズ一家にとっては青天の霹靂。
しかしながら、スーパー・コンピューターのマルチヴァクが、間違う筈もない。ジョセフ・マナーズ氏は、まだ起こってもいない犯罪の可能性により逮捕されます。
 

ここまでこのブログを読んだ方は『故障したコンピューターの暴走?』と想像されるかもしれませんね。
ノンノン。マルチヴァクは、故障はしておりません。全ては精緻な計算により滞りなく処理されています。
じゃあ、マナーズ氏が思想変え?
ノンノン。マナーズ氏に犯罪の意図がないことも変わりはなし。
 

では、何故ジョセフ・マナーズの犯罪確立は二十二.四パーセントに上昇しているのか?しかも逮捕拘留がされた後でも?
マナーズが殺すのは、誰なのか?

「かつて誰一人としてマルチヴァクにたずねたことのない、ある質問をしてみます」
「あれに危害を加えるのか」
はっとしてガリマンがたずねた。
「いいえ。しかし、かれは知りたいことを教えてくれるでしょう」
議長はちょっとためらった。それから、かれはいった。
「やってみろ」
アスマンは、ガリマンの机にあったキイを使った。その指が器用に質問を打ち出した。
「マルチヴァク、きみ自身が、なにより欲していることは何か」

マルチヴァクの答えは、実際にお読みください。
「世界のあらゆる悩み」を読み終わると、ちょっと“彼”に同情します。
“世界のあらゆる悩み”のひとつひとつは、藁のように軽く、小石のように小さく。

でも、砂漠の駱駝に藁を乗せていくと、最後にはどうなるのか。1本の藁がいつしか駱駝の背中を折るかもしれない。

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