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野坂昭如「戦争童話集」

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焼跡にはじまる青春の喪失と解放の記憶。戦後を放浪しつづける著者が、戦争の悲惨な極限に生まれえた非現実の愛とその終りを“8月15日”に集約して描く万人のための、鎮魂の童話集。
(「BOOK」データベースより)

「戦争童話集」中央公論社ハードカバー版は、さくら自宅に今ある書物の中で、一番古くから所有している本です。
元々は、さくらの通っていた小学校の学級文庫でした。卒業時にひとり一冊ずつもらえたの。さくら家の本に小学校の蔵書印が押してあるのは、パクってきた訳じゃないの、信じて~!
 

あれから早ン十年。
数多の引越しにも耐え、この「戦争童話集」が未だにさくらの書棚にある理由は、ある匂いの記憶があるから。
 

野坂昭如の戦争モノと言えば、ジブリで映画化された「火垂るの墓」が有名ですね。
あらまあ何処の誰かしら?野坂昭如でまず「四畳半襖の下張」と「エロ事師たち」を連想しちゃう人はw私もだけどw
エロもグロもメジャーもマイナーも活字も映像も音楽も、ぜーんぶひっくるめてドンガラガッシャンと一つの箱に入れて時代をシェイクした、野坂昭如の原風景が、戦争。

“童話”と謳っているだけあって、ひとつひとつのお話は子供でも読みやすいです。なにせ小学校の学級文庫だし。
でも、読みやすいからといって、それがすなわち牧歌的という訳じゃないんだ。
 

『凧になったお母さん』
という一話があります。
 

昭和20年8月10日。何処かわからないけれど小さな住宅地に、気まぐれにB29が落としていった焼夷弾により燃え上がった町中で。
子供のカッちゃんとお母さんが逃げ込んだ小さな公園は、既に火に囲まれて。
熱い空気に焼かれて水を欲しがるカッちゃんの肌に、お母さんは自分の汗と、涙をこすりつけます。
 

汗と涙が枯れ果てたとき、既に出なくなって久しかったお乳が出てきて、お母さんは
“たとえ乳房が切れてしまってもと、わしづかみにし、カッちゃんの体くまなくぬりまわし”ますが、やがてそのお乳も途切れてしまいました。

「お母さん、熱いよう」カッちゃんは、ぐったりしたお母さんにとりすがり、悲鳴を上げました、「お母さん、熱いよう」泣きさけぶその声に、お母さんは我にかえり、考えるのは、ただ水、水っ気のあるもの、それをカッちゃんに与えなければいけない。
だけど、どうしたらいいのでしょう、お母さんの体は、マッチ一本でたちまち燃え上がりそうに乾ききっているのです。お母さんはカッちゃんを抱きすくめ、「水、水」と、ひたすらそれのみ考えました、もう水がどんなものであったかさえ、お母さんはわからなくなっていました、ミズミズ、それだけがカッちゃんをたすけてくれる、ミズミズ、呪文のようにくりかえすうち、なんとお母さんの毛穴から、血が吹き出し、抱きすくめるカッちゃんの体を、したたり流れたのです、ミズミズ、どんどん薄れる意識の中で、お母さんははなお念じつづけ、それにつれて、血は盛んに吹き出し、満遍なくカッちゃんをおおいつくしました。

やがて火が衰えたとき、身体中の水分を与えつくしたお母さんはうすっぺらい凧になって、空襲の後にいつも起こる強風にさらわれて飛んでいきました。
そして子供のカッちゃんも、空襲から5日後の昭和20年8月15日。痩せ衰えて凧になって、お母さんと一緒に空に飛んでいきました。
 

「…かはぁっ!」ってこれ童話じゃないよ。わらべの話じゃない。
いま引用文を入力してはじめて気がついたけれど、連続する読点がもの凄い迫力。ちなみに他の文章でこんなに読点が多用される箇所はないですよ。
 

『戦争を知らないこどもたち』が国民の過半数になった今のニッポン。
今の私たちと、これから先の子供たちに伝えるべき戦争の物語は、世の中に沢山あるけれど。
“わらべの話”じゃない「戦争童話集」も、その中のひとつとして、この先残されていけば良いなと思うのです。
少なくとも30余年前の一人の小学生に、今でも心に刻み付けられている、記憶がある本だから。
 

…しかし。
ごめん、さくらが「戦争童話集」を未だに所持している理由は、本当は他にある。
 

それは『焼跡の、お菓子の木』という一話。
ドイツ人の奥さんがくれたバームクーヘンを、戦時中ずっとお薬のように少しずつ、少しずつ食べていた男の子が、最後のひとっかけらを食べられず毎日匂いだけを嗅いですごし、お母さんが死んでひとりぼっちになってもバームクーヘンの匂いだけで飢えをまぎらわせ。
黒く干からびたバームクーヘンを土に埋めて、男の子がそこで死んで肥料になって、焼け跡にはお菓子の木が生えてきた、という話です。
 

それを読んでから30年以上、さくらはバームクーヘンを食べるたびについ匂いを嗅いでしまうクセが直りません。
 

人前でやると結構みっともないので直したいんですが、どうしてもバームクーヘンを見るたびに条件反射で匂いを嗅いでしまう。
心に刻み付けられている、匂いの記憶。…こまったなあ。

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