筒井康隆「佇む人―リリカル短篇集」

スポンサーリンク

ささやかな社会批判をした妻が密告により逮捕され、土に植えられてしまった。次第に植物化し、感情を失っていく妻との切ない別れは…。宇宙の伝説と化した男が、二十年ぶりに帰ってきた。かつて賑やかだった鉱山町の酒場、冒険をともにしたロボット、人妻となった愛しの彼女。郷愁にみちた束の間の再会は…。奇想あふれる設定と豊かな情感が融け合う不思議な作品群。
(「BOOK」データベースより)

リリカル(lyrical)
[形動]叙情的なさま。叙情詩的。リリック。
(デジタル大辞泉より)

表題作の「佇む人」を久しぶりに読み返したくなって、図書館で借りてきました。

たしかこの短編は、もともとは他の本に収録されていた筈でしたが、こちらは表題作も含めた“リリカル”な印象の短編を集めたリリカル好きにはお得品です。
ところでネットで“リリカル”と検索すると、まず真っ先に出てくるのがアニメの『魔法少女リリカルなのは』なのはどうしたもんでしょう。

歩きながらわたしは、ああ、パンでももってきてやればよかったな、と思った。公園には、わたしのの好きな犬柱が立っているのだ。ベンチの傍に立っていて、毛がバフ色をしていて、雑種だがとても大きく、人なつっこい犬柱なのである。

犬柱というのは、犬。犬だけど、植物。
「佇む人」の世界では、政府の政策により野犬や野良猫を潅木に変える処理をしています。どうやって植物にするのかっていうのは、聞かないで。

犬を地面に植えたら、犬柱。犬柱がどんどん植物化して、鳴かなくなり、動かなくなり、緑に変わったら、ケンの木。『ケン』は漢字で、木へんに犬と書きます。
猫だったらビョウの木。漢字では猫のけものへんが、きへんに変わります。

犬猫を植物化する政策がまかり通る社会では、同時に、烈しい言論弾圧が布かれています。中央政府を批判する内容の発言は、反政府論者として“赤狩り”にあう運命。
で…想像つきますよね?赤狩りにあったリベラリストの運命が。

本屋の少し手前の同じ並びには小さな駄菓子屋があり、その前の道路ぎわにはニン(木へんに人)になりかけた人柱が一本立っている。植えられてからそろそろ一年ちかくになる若い男の人柱である。顔は、もはや緑がかった褐色になっていて、目も固く閉じてしまっている。—(中略)—肩の上まで大きくさしあげた両腕の先からは、ぽつぽつと緑の若芽がふき出していた。木になってしまったからだはもちろんのこと、表情さえ、もうぴくりとも動かさない。もはや心は、静かな植物の世界へ完全に沈みこんでしまっているのであろう。妻がこんな状態になった時のことを想い、わたしの胸はまたひりひりと痛み出した。忘れよう、忘れようとしている痛みである。

つい3日前に妻が政府に連れ去られ、駅近くの通り沿いに植えられてしまった主人公が、散歩の体を装って妻に会いに行く。
人柱になった妻を嘆くことも、憤ることも、本来であれば会いに行くことすら政府への批判に繋がる行動となるため、逢瀬は密やかに、静かに、さりげなく。

枯れ木のように乾いた筆致が叙情的。うーん、リリカルー。

この短編集は表題作以外にも、なかなかグッとくる短編が多く入っていますので、これ結構ええで。お得やで。
シンバル叩く猿のオモチャに妻子が連れ去られる「母子像」も、ええで。まじリリカル、なおかつ超ホラー。で、美しい。まじええで。

そして、どうしてリリカル短編集に収録される運びとなったのか経緯が全く不明なのが、テレパス能力を持ったエリートが底辺サラリーマンに脳内攻撃される「底流」
個人的には非常に好きな短編ですが、これをもってリリカルと称すべきかどうかは、以下の引用でご確認頂きましょう。
長いので(そしてえぐいので)お暇な方のみ、その叙情性を堪能あそばせ。

(生っ白い奴め生っ白い奴めその顔の皮を剥いでむしりとってボロボロにして道代燃える女火花まっ昼間のA級居住区の独身者アパートのベッド栗色の毛布汗汗汗汗汗どろどろの内臓腐敗して腐敗して俺は舐める汗を札束を疲れきった女の素足をそしてせいいっぱいの溜息それから黒い胃袋その中の虫そして貝殻泣きわめけ俺に頼め地面を這って転げまわれドロドロになれ若さそしてその悪徳もっと傷つくのだ苦しめ苦しむのだ俺に頭を下げろもっと下げろ俺の萎縮した陰茎に頭を下げろヒヨコだ努力と経験の無視だ悪法だ特権意識D級肉体労働者の生活悪辣な工作便所の中ふにゃふにゃの奴お世辞の使い方も知らないだろうエリート優越感生れが生れ育ちが育ちはいいお坊ちゃまその通りまったく仰せの通りでございますとも厭がらせ老人の偏見嫉妬よくご存じでこれはねえでもあなたの為を思えばこそ厭がらせをして差しあげますのでございますよ苦しみが足りませんとねえ世の中というものはねえ若僧め子供め喚かせてやるその鼻をポキリと折って石膏細工の鼻をポキリと折って前途洋々の鼻白い鼻堅い鼻精液に浸った鼻冷たい鼻踏んで蹴って潰してドロリと青い液体噴出飛沫ビール瓶空っぽのビール瓶嘲笑百万人の嘲笑俺に俺の頭に俺の顔に嘲笑俺の行為に俺の身体に俺の陰茎に俺と道代の性行為に嘲笑百万の嘲笑ゲラゲラゲラゲラゲラケタケタケタケタケタキッキッキッキッ崩れろ崩れ去れ世界の進歩も突然変異もあらゆる進化も年代の差も老人俺は老人じゃない若いまだ若いこいつは若い若い奴を殺せ老人の世界にしろ叩き潰せ内臓腕をねじあげろエリートを無視しろこいつとこいつの女を素っ裸にして抱きあわせたまま縄でぐるぐる巻きにして自動車から大通りのまん中へ放り出して石油をぶっかけて火をつけて気持ちがいいぞ皆喜ぶぞエリートを憎めみんなもっと憎めこいつらは革命を起すぞ殺せみんな殺せエリートを殺せ)

はて、どうだろう。
リリカル…かなあ?

この記事が気に入ったら シェアをお願いします♪

フォローする

スポンサーリンク
レビュアー: さくら
さくら
レビュアー:さくら
ほんのむしの書評を楽しんで頂けましたら、また読みに来て頂ければ幸いです。皆様のお声がさくらの『やる気スイッチ』です!

いいね!と思ったらぽちっとな♪
以下のブログランキングに参加しています。
皆様のクリックがさくらの励みになります♪
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ  
トップへ戻る