浅田次郎「姫椿」

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飼い猫が死んでしまったOL、経営に行き詰まり、死に場所を探す社長、三十年前に別れた恋人への絶ち難い思いを心に秘めた男、妻に先立たれ、思い出の競馬場に通う大学助教授…。凍てついた心を抱えながら日々を暮す人々に、冬の日溜りにも似た微かなぬくもりが、舞い降りる。魂を揺さぶる全八篇の短篇集。
(「BOOK」データベースより)

不幸の分だけ、ちゃんと幸せになれるよ。ほんとだよ。

我が家の文春文庫版「姫椿」の帯に書いてあるキャッチは、収録短編の『シエ』の中の、シエの台詞。
くっそー。泣かせの浅田の策にまんまとハマる私も大概簡単な人間ではありますが、特に泣かせの一文を帯にまでつける文藝春秋社の悪辣さめ。
センテンススプリング砲、泣かせの一撃です。

この短編集「姫椿」には、上記の『シエ』以外にも、表題作の『姫椿』、『マダムの咽仏』それから『永遠の緑』など、泣かせの浅田が得意とするシミジミジーン系の名短編が収録されてます。
浅田次郎の短編集の中でも1、2を争う充実っぷりのような気がします。これからはじめて浅田次郎の短編集を買うって人がいたら「姫椿」おすすめよ。
ちなみにその次に読んで欲しい短編集は「薔薇盗人」。こちらはまあ、おいおいにご紹介します。

競馬好きの人ならもっと楽しいかもしれない『永遠の緑』は、競馬未経験の私でも競馬場に行きたくなってしまう爽やかな短編です。
ほんと、素敵。五月の芝を駆け抜けていく黒毛の馬、病に没した妻の面影、老父を労る娘、生きることに不器用な職人の若者(浅田次郎お得意の!)。過去と現在がターフの鮮やかな緑に重なっていくのは、ええのう。ええでえ。
競馬マニアの取引先Y部長に、競馬場へ連れてって下さいと希望しているのですが、未だ夢は叶わず。
Y部長!本気で待ってますから!手をつないでオケラ街道を一緒に歩く日を!

でも、「姫椿」で一番の短編はと言えば…そりゃあもう満場一致で『シエ』でしょう。
皆様、ハンカチのご用意を。

『シエ』は、本当は漢字で『“けものへんに解”(xie)』が正しいタイトルです。
環境依存文字らしいので、ここではカナカナ書きご容赦下さい。

で、シエというのは中国の伝説上の神獣です。麒麟の顔をして、鹿の角を生やし、尻尾は虎、足は牛の蹄。
実在しないはずのシエを、つぶれかけのペットショップから引き取ってきたスーちゃんの話。

スーちゃんはコインロッカーに棄てられて、施設で育ち、働きながら高校に行き、大人になってからもヒモ気質のだめンズとズルズル離れられずに貢ぐ“THE・薄幸女”

私は頭もよくないし、そんなに美人でもないし、性格も暗いから、たいしたことはできなかったけど、それでも私なりにがんばった。人のお世話になりっぱなしで、生かしてもらって、育ててもらって、がんばらなくちゃ神様に申しわけないもの。
愚痴は言わない。悪いことはしない。泣きもしないわ。そんな資格はないって思うから。
—(中略)—
私の誕生日は三十四年前のクリスマス・イブ。ほんとはその何日か前なんだろうけど、とりあえずコイン・ロッカーから生まれた日。あの日から、ずっとハッピーです。

薄幸…。マジ薄幸。幸、薄ーいっす。

神獣シエ曰く『自分のことを不幸だと思っている人間は、実はちっとも不幸じゃない』
人間の不幸を食べ、涙を舐めて生きるシェにとって、スーちゃんの不幸っぷりは美味しい、濃くて甘い御馳走です。
五千年生きてきたシエでも滅多にお目にかかれないほどの稀少グルメ。

だから、シエは死んだ飼い猫の代わりにスーちゃんの布団にもぐり込み、毎夜毎夜スーちゃんの涙をペロペロ舐めて、眠くなるまで不幸をお腹一杯食べてました。
全ての不幸をシエが食べてしまったら、スーちゃんの不幸は、どうなるの?

長年暮していたアパートの隣人ヨネさんと、スーちゃんのヒモ男が暴力沙汰のトラブルになったのも、シエの影響かもしれません。
殴り合いの騒動にはなったものの、これでヒモ男が離れて行くようであれば、それは結果としてベターな出来事。
アパートの管理人さんも、その選択を是としている。

そしてヨネさん。保育園の給食室で働く、ぶきっちょで、貧乏で、格好良くないヨネさん。

私、今まで気付かなかった。十年も、ヨネさんにごはんを食べさせてもらっていた。もう他人様の世話にはならないって、ひとりでがんばるんだって、偉そうに考えていても、毎日ヨネさんの作ったごはんを食べていた。幸せをめぐんでもらっていた。
すごくおいしいんだよ。どうしてこんなにおいしいんだろうって、ふしぎに思っていたの。でも、今やっとわかった。ヨネさんはやさしいんだ。

シエが不幸を食べ尽くして初めて、スーちゃんが人の優しさに気付く。
スーちゃんの不幸が全て消えたら、その後は。
“不幸の分だけ、ちゃんと幸せになれるよ。ほんとだよ。”

ハンカチ必至。
泣かせの浅田にしてやられたって感じ。全くもう。困るから。電車の中とか、困るから。

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レビュアー: さくら
さくら
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