有吉佐和子「乱舞」

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「乱舞」とGoogleで検索すると『刀剣乱舞』が検索結果の殆どを占める世の風潮は如何なものであろうか。

日本舞踊会の中心的存在として隆盛を迎えた梶川流。将来も安泰に思えたある日、家元猿寿郎が事故死した…。そして家元の血を継ぐ隠し子たちが、未亡人となった秋子の前に現れる。妹の千春や母の寿々までもが跡目を巡り弟子たちと争いを繰り広げるなか、梶川流を守るため、秋子が選んだ道とは―。因襲の世界で懸命に生きる女たちを描いた波瀾万丈の人間ドラマ。『連舞』に続く傑作長編小説。
(「BOOK」データベースより)

「乱舞(みだれまい)」は、本来「連舞(つれまい)」の続編にあたりますので、本来ならば「連舞」の方を先に書評せねばならないのかもしれませぬ。

だけど私、こっちの「乱舞」の方が好きなんですよ。
じりじりと地を這うようにしてきた女が、起き上がって、立ち上がって、猛々しく獅子神を踊る姿が。

midarema

「乱舞」の舞台は日本舞踊の業界です。
そこでは倫理や道徳心よりも、踊りの優劣が評価基準になっている風潮があります。実際の日本舞踊界がどうなのかは存じませんが、あくまでも「乱舞」の世界では。

主人公の秋子は父、母、それぞれに優れた舞踊家の子供として生まれたものの、踊りの才が欠けているとして、才能豊かな妹よりも母親からは軽んじられています。
妾の子であるという事実も、秋子の立場を複雑なものにしている理由のひとつ。
日本舞踊の大手・梶川流の家元の妻ではありますが、その結婚は前作「連舞」での取引による結果であり、そこに愛はなく・・・細かい理由を知りたい方は「連舞」をお読みください。
まあともかく、秋子は、舞踊界の中では一段低く見られている存在であったと。

それが。
夫である梶川流家元が突然の交通事故死。
しかも、愛人とのドライブの最中に。
生き残った愛人のお腹の中には、家元の子供が。
そして、家元がまた別の愛人に産ませた隠し子も。

突然の家元死去で起こった混乱。
次の家元を誰にするか。家元の兄弟分だけでなく、秋子自身の母と妹までもが家元の座を欲します。
家元の妻である秋子を無視して、我こそが次の家元であると敵対する彼ら。

跡目争いによる梶川流分裂の危機。
それぞれの思惑、暗躍、反目。

混迷する中で、これまで頭も上げず、誰も歯牙にもかけなかった秋子が、ゆっくりと、面を上げる。

「待って下さい。いえ、待って頂きます」

「乱舞」の中盤、ギリギリになって面を上げた秋子がこう言ってからの、秋子の所作と貫禄は目を見張るものがあります。
もうねえ、格好良いというか何と言うか、秋子の母のごとく「日の丸のついた扇でも持って、あっぱれ、あっぱれと褒め上げてしまいたい」ほどです。

でも、秋子は自信満々に待ったをかけたのではなく、その身の内には色々な葛藤を秘めているのですね。
例えばそれは「夫に愛されなかった葛藤」、「夫を愛さなかった葛藤」、「母に愛されなかった葛藤」、「踊りの才に恵まれなかった葛藤」

その葛藤の中から、鉄の棒を研いで研いで研いで一本の細い針にするくらいに、自分の心と、自分の踊りを研ぎ澄ましていく秋子。
「乱舞」の最初の数ページ時点の秋子と、後半の梶川流大会(踊りの発表会ですね)当日の秋子では、もうまるで違った人物のように変化しています。
鈍重な棒であった秋子と、細い一本の針になった秋子。

こう来たら、秋子が家元の座を手中におさめない筈がない。
梶川流大会の踊りで、大成功しない筈がない。
だって、それが小説ってもんでしょ?

新家元となった秋子が、自ら振付けた新作舞踊『月光』で観衆を唸らせる見事な踊りを披露し、家元の座をゆるぎないものにします。
嵐のような賞賛の拍手を背にして楽屋に戻った秋子が、舞台化粧を落とそうとして。

眼を閉じて、幾度も幾度も撫でまわした顔を上げて、正面の鏡を見ると、白粉と。紅と、墨と、黛とが混ざりあって、泥々の泥色の中に眼も鼻も口もまみれていた。舞台の化粧は、楽屋に戻ればこうなるのだ、と秋子は思った。
しばらく、その醜怪な顔を見守っていた。この醜さが、踊りの裏にある。厳然としてある。崎山勤はそれを罵倒したが、秋子は小揺ぎもしていない。この泥濘は、美しい舞台のために、むしろ必要なものなのだ。
「奥さま」
糸代が、声をかけた。
(中略)
 ・
 ・
 ・
「私は家元ですよ、言い直しなさい」

全てを手中に握った秋子。
ですが、それが幸せを握ったことと同じではありませんでした。
それが、午後に秋子が踊った『英獅子乱曲』の最中にわかります。

彼女が手に入れられなかったものは何なのか。
それは、言わない。
ただ、あるものが、ある命をひとつ突き刺したとだけ。

聴衆は、そして読者は、「乱舞」の最後で獅子神を踊る秋子の姿から目が離せなくなります。
舞踊界の因習と、自分の葛藤と、手に入れたものと手に入れられなかったものを振り払うようにして、激しく『英獅子乱曲』を踊る姿が。
熱くて、冷たくて、心を突き刺すのです。まるで細い針に突き刺されるように。

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レビュアー: さくら
さくら
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