山田太一「飛ぶ夢をしばらく見ない」

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大腿骨を骨折して入院中の孤独な中年男・田浦は、二人だけの病室の衝立越しに出会った女性患者と不思議な一夜を過ごす。「私を犯して下さいますか」男と女の“声”だけの情交から、信じられない物語が始まる。再会した老女・睦子は「若返って」いたのだ。逢瀬を重ねるたびに、若い女性から少女へ、そして…。時間を逆行して生きる女性と中年男の、激しい愛と快楽の日々、やがて訪れるであろう別離の予感―。男と女は残された短い日々を感動的な終末に向かって走りつづける。リアルな描写と驚くべきストーリーが奇跡のように溶けあう名作。
(「BOOK」データベースより)

先日、暇つぶしに2ちゃんねるのまとめサイトを読んでいまして。
今は“2ちゃん”ではなくて“5ちゃん”ですかね。まあそれはどうでも良い。

まとめ記事の中に、若くして奥様を亡くされた中年男性がスレ主のページがありました。

奥様とは同じ地元で、幼稚園からの幼なじみ。
大人になってからつきあい出して、めだたくゴールイン。
しかしほどなくして奥様が病気にかかり、若い身空で他界されてしまいました。

男やもめになったスレ主がその後どうしたかはさておき、その数年後。
とある所で知り合った女性が、病気になる前の元気だった奥様の姿にそっくり。
顔もスタイルも、全体的な印象も、奥様を特徴付けていた細かな仕草まで、どこもかしこも同じ。

亡妻の親戚縁者かなにか?と尋ねましたが、まったく縁もゆかりもないとのこと。

スレ主とくだんの女性が再婚して…となったら、それはそれでまた違うストーリー展開ですが、そんなこともなく。
不思議なこともあるもんだ、と、ありがちなエピソードとして忘れつつあった、その数年後。

次に出逢ったのは、前回の女性よりもさらに若い、20代そこそこのお嬢さん。
前回の女性とも、もちろん奥様とも何の血縁関係もない。でも、姿かたちは全く同じ。

そしてさらに数年後。
次はもっと若く、今度は制服着た中学生。オッサンがジロジロ見すぎて不審者扱いされたなんてエピソードもオマケでついてきます。

数年おきに、亡くなった奥様が目の前に再び現れる。
だんだん若くなって。時間をさかのぼるようにして。

さらに時はたち、スレ主が2ちゃんに書き込むちょっと前。
しばらく会ってなかった兄弟の下に産まれた姪っ子ちゃん、4歳。

…て来たら、もう皆さんお分かりですよね?
スレ主を「おじさん」と呼ぶその子は、幼いときに一緒に遊んだ、かつての奥様の姿。
「世の中には3人同じ顔がいる」なんてよく言われますが、1人分、ちょっとオマケね。

で、スレ主の書き込みを読んだ他の人の感想の中に。
『飛ぶ夢をしばらく見ないって小説を思い出した』との書き込みがありまして。

然り!と、首がもげるほどスマホを手に持ち頷く私。

つまり、今回ご紹介する「飛ぶ夢をしばらく見ない」は、そんな話です。

前置きが、長い。

「逢えて嬉しい」
近寄らずに私は立っていた。睦子が今にも怒鳴り出すような気がした。
すると、かすかに睦子の肩が落ちた。
「私には時間がないの」
馴染んだ睦子の声だった。おだやかで、かすかに言葉遣いを意識して選んでいるようなあやうい印象。いいんだよ。無理して若い口調をつくらなくても。ぼくの前では六十七歳の自然な話しかたでいい。もっとも、こう若くなっては、老女の口調も自然とは思えないのかもしれない。

主人公の田浦さんはプレハブメーカーの元・営業部長。
現在は事情により、窓際部署に追いやられています。

その事情ってのは、ちょっと田浦さんストレスで心がお疲れになってしまわれたようで。
出張先で取引先と入った寿司屋の2階から、突然アイキャンフライ。窓から飛び降りて大腿骨骨折。

その入院先の病院で、睦子さんと出逢いました。

最初に登場する睦子さんは67歳。
この睦子さんこそ、だんだん若返っていく女性なのですが…上記でご説明した田浦さんの状況など考えるに、ここからのファンタジックな展開は、メンタルを病んだ田浦さんの妄想だって可能性もあります。
もしくは、すべてが病室で見た一晩の不思議な夢だった可能性すら。

“若返る女”というだけでも不思議なのに、睦子さんと会っているときの田浦さんときたら、何故だかフランス語も英語も流暢に話せるようになるし、ボードレールの詩は暗唱しちゃうし、ピストルが登場して映画館のポスターを強奪しに行っちゃうし。

現実の出来事というより、目覚めかけに見るおかしな夢の方が、しっくりいくのかもしれません。

不思議で、ファンタスティックな夢と考えるか、不思議で、ファンタスティックな小説と考えるかは、読者のお好みのままに。

とはいえですね。ファンタスティックな筋立てにも関わらず、やってることは非常に即物的です。
「飛ぶ夢をしばらく見ない」の中で田浦さんがやってることは、字面どおりに、ただ“ヤる”だけ。
田浦さんと睦子さん、会う回数はそんなに多くないんですよ。ほんの数時間か、せいぜい1泊2日の24時間以内。トータルしても、暗算で計算できるくらいの時間数しかありません。

だけど、会えば毎回ヤる。言い方が下品ですね。セクシャルな交歓を図る。
例え67歳の老婆でも、40代くらいの中年女性でも、20代くらいのうら若いお嬢さんでも、12,3歳の青いつぼみでも、果ては4,5歳の…うーむ、鬼畜っつっちゃ鬼畜ですね。
現実の出来事というより、目覚めかけに見るおかしな淫夢だと考えた方が、まだマシかもしれません。

ちょっと待て4,5歳の幼女とは不可能だろう、とか、67歳の睦子さんと最初に出会ったときは大腿骨骨折してる筈だろう、とか、そこらへんのツッコミをしたくなった人は実際に小説をお読みください。
それを目的にこの小説を読む人ってのも、個人的にはどうかと思いますがね。

ちょっと睦子は眠ってしまう。
私は、その裸の肩に毛布をかける。子供の布団をなおす父親という錯覚。さっきまで痛々しいような小さな身体に、自分を押し入れていたのに。
で、これから、どうなるのか?

で、これから、どうなるのか?

67歳の老女から4,5歳の幼女に変わってしまった睦子さん。その後はどうなるかは、予想ができますよね。
もちろん田浦さんも予想していますし、睦子さん自身も、予想しています。

次の変貌についてはこの小説の中では明かされることはありませんが、どう考えたって、良い結末の筈がない。

田浦さんについても色々あり、仕事はクビになり、嫁と息子には逃げられ、前科持ちにもなって、何もかも失ってしまいました。
どちらにとっても何の救いもない結末が予想されています。

が、何故だか、読後感は決して悪くない。
睦子さんにとっても田浦さんにとっても暗い未来予想図しか想像できないのに、何故だか読後感は決して悪くない。

希望もないし得たものもないし、将来の展望もないラストで、どうして後味の悪さを感じないのか、私には説明ができない。

これが田浦さんの、不思議でファンタスティックな夢であるためなのか、山田太一の、不思議でファンタスティックな小説であるためなのか、そのどちらとして考えるかは、読者のお好みのままに。

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レビュアー: さくら
さくら
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