山本周五郎「おさん」

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純真な心を持ちながらも、女の“性”ゆえに男から男へわたらずにはいられないおさん――世にも可愛い女が、その可愛さのために不幸にひきずりこまれてゆく宿命の哀しさを描いた『おさん』。芸妓に溺れ込んでいった男が、親友の助力で見事に立ち直ってゆくまでを描いた『葦は見ていた』“不思議小説”の傑作『その木戸を通って』。ほかに『青竹』『みずぐるま』『夜の辛夷』など全10編を収める。
(新潮文庫 巻末内容紹介より)

男ってやつぁ。全く男ってやつぁ。
文豪と呼ばれる人においても、逃れられない男の願望を見たり。

「わたくしの眼には、いまなお美しいそのひとの姿がみえます、たったひと言きいただけですが、そのひとの声もまざまざと耳にのこっております。……わたくしの妻はそのひと、ほかに余呉家の嫁はございません」
(『青竹』より)

山本周五郎の短編集、どれがベストかって聞かれたら困っちゃいます。
てか、どれ読んでも良いのよ。全部面白いから。
また、短編集で一番ベストな短編は、それ即ち表題作であるかと聞かれたら。
それもまた、困っちゃう。
「おさん」の中でベストな短編。ああ、それはソフィーの選択ばりに過酷なチョイスだわ。

例えば先ほど引用した『青竹』に出てくる源七郎の、指物旗にそっと書き加えられた数珠の絵の意味を知るに、沸き起こる切なさと清涼感をベストとするか。
『みずぐるま』に出てくる旅芸人一座の娘 若尾が、武家の養女になってからの騒動と初恋の顛末で胸焦がすキュンキュン感をベストとするか。
ちょっと映画「時代屋の女房」を思わせる不思議な女性が魅力的な『その木戸を通って』をベストとするか。
それとも『偸盗』で山賊に誘拐される平安の姫君の、すがすがしいほどの下品っぷりと、姫に寝込みを襲われる鬼盗賊のうろたえっぷりにゲタゲタ笑うおかしさをベストとするか。

「温和しくするか、それとも喉笛を噛みやぶってくれようか、え、——」と姫が云った、「あちしは伊達や洒落でかかったんじゃねえ、五つ夜も独りで寝かされたあとだ、躯じゅうの血が羅刹のようにたけり立っているんだから、いやのおうのほざけば本当に喉笛をくいやぶってくれるぞ」

短編集「おさん」の中では、表題作の『おさん』は、正直言ってそんなに好みの作品ではありません。
だが、しかし。
『おさん』を読むと、ある人を思い出す。

これ本当のことなの、本当にこうなっていいの、とおさんが云った。それは二人が初めてそうなったときのことだ。そして、これが本当ならあした死んでも本望だわ、とも云った。言葉にすればありきたりで、いまさらという感じのものだろうが、そのときおさんは全身で哀れなほどふるえてい、歯と歯の触れあう音がしていた。世間にはありふれていることではあっても、それは人間が一生にいちど初めて口にする、しんじつで混じりけのない言葉であった。

簡単に説明すれば『おさん』という短編は、おさんが夫とのセックスに溺れて、夫がビビって逃げ出して、男日照りに耐えかねてそこらの男と関係を結んで、終いには刺されて死ぬ、という話です。
救いようが無いといっちゃ、全く救いようが無い。

まあ、おさんちゃんも仕方がないっちゃ仕方がないのよ。何故か知らねど性交の度に別の男の名前を口に出すって癖はねえ。どうかと思うのよ。別に浮気してた訳でもなし、全く関わりのない男の名前をねえ。
そういう性癖なのは仕方ないとしたら、せめて人間の男性名ではなく、犬の名でも呼ぶことにしてたらまだマシだったんじゃないかしら。
クライマックスの最中に「ポチ!ポチィ~!」とかね。艶消しだわね。

ビビる夫も夫よね。彼が逃げ出したのは別の男の名前を呼ばれる嫉妬心よりも、セックスに陶酔するおさんの色情を持て余したという理由の方が大きいようで。

死んだおさんの墓前で、幻のおさんが夫 参太に語りかけるシーン。

あたしがあんたを忘れようと思って、男から男へとわたり歩き、それでもあんたのことが忘れられないで、また次の男にすがってみてもだめ、自分もめちゃめちゃになるし、相手の男たちもみんなだめにしてしまったのよ、この辛さ苦しさがあんたにわかってたまるものですか。

ちょっと待て参太。
そりゃーちょっと、渡辺淳一的自信過剰にすぎなくないかい?

過去に当ブログの「わりなき恋」で、私はこんなことを書きました。

「失楽園」と「わりなき恋」を読むと、男の願望と女の願望って、違うんだなあってよくわかります。

渡辺淳一が読者に充足してあげる願望とは
「あらあらどうして私こんな女じゃなかったのにどうしましょうカラダが言う事きかないわいつもはこんな女じゃないのよみんな貴方が悪いのよ」
と、女に言わしめる願望。

渡辺淳一と山本周五郎に、同じ匂いを感じる…。
しかし考えてみれば『おさん』の中のおさんの独白は、あくまでも参太の幻なんですよね。実際のおさんは一言も、そんな発言してないから、もしかすると参太の勝手な思い込みという可能性もある訳です。

参太が、おさんを色情に狂わせたのは自分の責任であると後悔しきりなのも、筋違いの勘違いかもしれない。
『あんたはそんなテクニシャンじゃなかったし!』と、おさんが化けて出るんじゃないかと心配ですよ私は。

短編集「おさん」のどの短編がベストかというのは、決めがたいところでありますが。
男の願望充足度No.1を選ぶなら、間違いなく『おさん』でしょうねえ。
日本経済新聞で渡辺淳一にハマったサラリーマン諸氏よ喜べ!次の心のオアシスは、山本周五郎にあり!

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レビュアー: さくら
さくら
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