宮尾登美子「鬼龍院花子の生涯」

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大正四年、鬼龍院政五郎は故郷・土佐高知の町に男稼業の看板を掲げ、相撲や飛行機の興行をうったり労働争議に介入したりの華やかな活躍を見せる。鬼政をとりまく「男」を売る社会のしがらみ、そして娘花子・養女松恵を中心とした女たちの愛憎入り乱れた人生模様を、女流作家独自の艶冶の筆にのせた傑作長篇。
(「BOOK」データベースより)

170109

この小説が未読であり、かつ映画「鬼龍院花子の生涯」も未見である諸氏に言いたい。
よくワンシーンだけ紹介される、葬儀中に夏目雅子が啖呵を切る『なめたらいかんぜよ!』しか知らないという諸氏に言いたい。

わては高知の侠客 鬼龍院政五郎の、鬼政の娘じゃき、
なめたら…なめたらいかんぜよ!

「鬼龍院花子の生涯」の花子って夏目雅子じゃないですからねー!(バンバンバン ←机を叩く音)
夏目雅子は主人公じゃないですからねー!(バンバンバン)

なおかつ、あのワンシーンだけを見て、夏目雅子演じる白井松恵(という役名です)が「極道の妻たち」バリのヤクザの姉御だと勘違いしている諸氏に言いたい。

違うからねー!(バンバンバン)
松恵は12歳で侠客 鬼龍院政五郎(通称鬼政)の貰い児にはなったものの、ヤクザ稼業とその家庭を厭い、勉学に打ち込んで小学校の先生になりたいと願う生真面目な娘ですからねー!(バンバンバン)

そもそも原作に「なめたらいかんぜよ」の台詞自体ないですからねー!(バンバンバン)

しかしあのシーンがあることによって、鬼政とヤクザ稼業を恐れ厭うていた松恵の中の複雑怪奇な胸の内と『なめたらいかんぜよ!』と言わざるを得なかった哀しみが強烈な印象を残しますので、映画が原作を超えるに素晴しい名シーンだったと個人的に思います。
よく、よくああ撮った。偉いぞ五社英雄。

じゃあ、花子って誰なの?と聞かれたら、鬼政の実娘である鬼龍院花子、戸籍名 林田花子であるとお答えしましょう。
では主人公は花子なの?と聞かれたら…うーむ、それは回答に困るなあ。
実質の主人公は、花子の父である鬼龍院政五郎かもしれません。

「鬼龍院花子の生涯」は、貰い児の松恵から見た、鬼龍院政五郎の興亡と、鬼政に翻弄された女たちの人生の物語です。

松恵はこの家に来てまもなくの日、何かの拍子で主家に足を踏み入れ、奥の一間で恐ろしい場面を見たことがあった。双肌脱ぎになった鬼政が、兼松相良を前にして畳を叩きながら、
「要るというたらどうしても要るんじゃ。一人百円ずつ、掻っさらおうと引っ奪くろうとどこぞで調達してこう。それが出来んで、この鬼政の子分といえるか、」
とさすがに高声は憚ってはいるものの、腹の底まで響いて来る重みで強要しているのを聞き、子供心にこの家の世帯のからくりをふと垣間見たように思った。

結城の着物に白縮緬の帯を結んでりゅうと着こなし、派手に賭博場と興業等々で儲ける土佐の大親分は、女性関係も派手で放埓。
正妻以外に3人の愛人を住まわし、うち一人の愛人は16歳の小娘を家から掠奪してかっさらって来たという狼藉ぶりです。
ちなみにこの掠奪された娘つるが、鬼政の娘 花子を出産いたしますが。
正妻と、子供を宿した愛人、その他にも愛人2名、なおかつ外に出れば摘まむ女が何人も…と言ったら、女同士のドロドロな日々が容易に想像できるでしょ?

愛人のひとり〆太が耐えかねて自殺未遂したことに怒り、無一文で放り出した後、もうひとりの愛人笑若が家を出て行こうかと目論んでいることに気付いた鬼政が子分に向かって言う言葉が

「家の小便桶も一つはおいておかんならん。笑若に勝手な真似はさせるな」

ひっでえ…!言うにことかいて小便桶に例える物の見方は、鬼政の生涯にわたって首尾一貫続きます。

松恵がうら若き娘になり、家に出入りしていたプロレタリアート思想家が松恵に懸想していたことに腹を立てて指を詰めさせたのも、養父としての怒りではなく、所有物のオンナに手を出そうとした怒りでしかありません。
そう言う考えの鬼政が、松恵に対してどのような所業を目論んだかは、大方の予想の通り。

「松恵か。まあ一つついでくれ」
と盃をさし出されたとき、何やら可笑しい、と身構えたのと、鬼政に手首掴まれ、次の間の襖が引きあけられたのとどっちが先だったろうか。
そこには目を射すような赤い夜具に夫婦枕が並べられ、片手で松恵を引き据えた鬼政は、残る片手でするすると自分の帯を解き、隆々たる裸身をあますところなく曝して松恵に迫って来る。

襖をガッと開けたら真紅のお布団が!って、時代劇に良く出てきそうなシチュエーションにきゃーびっくり。
(ちなみにこの時、松恵は辛くも逃げ出たのでセーフ)

正妻も愛人も松恵も、鬼政によって苦労させられてはおりますが、最大の犠牲者と言ったら一人娘の花子であります。
年取ってから初めての子供ということで、鬼政は花子を猫っかわいがりに可愛がって、下にも置かず風にも当てず、やりたい放題のワガママ娘に育っていきます。
何をしても(しなくても)誰からも叱られないというのは、今の世で言うならば“優しい虐待”ですね。トム・クルーズの娘と一緒よ。

基本的な躾も、我慢する事も教えられずに育った花子は、鬼政が元気な頃ならば“おっとりとしたお嬢様”ですみましたが、鬼政凋落の頃から話が変わってまいります。

鬼政が抗争の末逮捕されて、8年間の刑務所暮らしをしている間に一家の勢いはなくなり、出所後に鬼政が脳溢血で死んだ後には、鬼龍院の一家を守る人もなく。
生まれてからずっと、身を処する術を教えてもらなかった花子は、いざ後ろ盾がいなくなった際にはどうすることも出来ません。

政略結婚じみた渡世人との結婚に乙女心は湧くものの、炊事洗濯はおろか食べこぼしや経血がついたままの服を平然と着るだらしなさで、二度とも結婚は失敗。
躾を知らない花子が育てた息子も、もちろん躾のシの字も知らず、鬼政を髣髴とさせるドチンピラに成長します。
働いても続かず、赤線地帯の辻角で男の袖を引き、堕ちて堕ちて最終的には旅館の女中部屋でひとり亡くなる、という、悲惨な最期を遂げます。
彼女もまた、鬼政に人生を狂わされた女のひとり。
松恵もまた、鬼政に人生を狂わされた女のひとり。

松恵はこれで鬼政一族の、生、病、老、死、一期の死相を悉く見てしまったと思った。

結局、主人公は鬼政か、花子のどっちなんでしょうねえ?
狂言回しの役割の松恵じゃないことは確かなんですけど。

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レビュアー: さくら
さくら
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