モンゴメリ「アンの娘リラ」

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みごとに成長した六人の子供たちに囲まれて、アンは幸せな日を送っていたが、第一次大戦の影響は静かな炉辺荘(イングルサイド)にも及んできた。女たちは、出征してゆく息子や恋人を見送ったあと、寂しさをこらえて、精一杯元気に振舞った。養母マリラの名をもらったアンの末娘リラも、偶然引き取った戦争孤児の世話と、赤十字少女団の運営とで忙しい。リラの日記で綴るアン・ブックス最終巻。
(新潮社 書籍詳細より)

「赤毛のアン」アン・シャーリー(ギルバートと結婚してアン・ブライス)の末娘、マリラ・ブライスが主人公。
リラはマリラの愛称。

rira

はい、ここで質問です。
「赤毛のアン」と聞いて、フジテレビの世界名作劇場を思い浮かべた人~?
いやそれも間違いじゃないんだけどね。赤毛三つ編みでそばかすの“アン”だけで終わっちゃ、もったいないざんすよ。

一冊目の「赤毛のアン」の中だけでも、主人公のアンは若いお嬢さんに成長します。
そして「赤毛のアン」終了後も“アン・シリーズ”はまだまだ続き、シリーズの中でどんどんアンは成長し、結婚し、出産し、大人の女性になって行くのです。
サイドストーリーもあわせた“アン・シリーズ”合計10冊!
いやもうね、かなりね、きゅんきゅんくるよ。途中ではかなり情熱的な恋バナもあったりして「きゃーーーーーー!」と乙女心きゅんきゅん。
例えていうなら有川浩の「苦手な人は全力で逃げてーっ」レベルのベタ甘。これは児童文学じゃない、ハーレクインロマンスだ。

極私的にアン・シリーズきゅんきゅんMAX大賞は「アンの夢の家」です。
しかし、未だ さくらは ほんのむし で「アンの夢の家」を冷静に書評でできるほどにはきゅんきゅん耐性が出来ていない。
46歳でまだきゅんきゅん行くか。50歳まで待てば良いか。きゅんきゅんが枯れるのはいつだ。骨、か・・・?

さて。「アンの娘リラ」。
これも結構きゅんきゅん度合い高いですが、それよりももっとアン・シャーリー改めアン・ブライスと、マリラ・ブライスの生活を占めているのが、戦争です。

時は第一次世界大戦。
母であるアンが、小さな島でのーんびり田舎育ちをしていた少女時代と違って、リラは正に青春真っ盛りの時代を、戦争に直面して生きていきます。

とはいえリラは女子なので、自らが戦争に赴く訳ではなく。
生活環境も、かつての戦時中の日本までには困窮する事もなく、カナダ版『火垂るの墓』とまではいきません。

でもね、自分の兄や友達、かつちょっと良い感じになっていた恋人未満が戦争に向かう現実は、15歳の娘さんには辛いであろう事は容易に想像がつきます。
もちろん母のアンにもね。戦争に男を送り出す銃後の女性は皆。

私が今、おそらくは「アンの娘リラ」の時代のアンと同年代。(アンも年とってきて白髪が出てきたんだよう。泣)
そして自分の娘は、主人公のリラとたったひとつ違い。
何度読み返した本でも、読んだ時点の自分の年齢によって、感じる思いや胸を突かれる箇所は違うなあ。
まさか“母目線”で「アンの娘リラ」を読む日が来ようとは想像もしていなかったなあと述懐。

戦時中という思い日々を過ごすことにより、甘えったりだったリラも急激に成長していきます。
戦争から内戦、または家庭環境、それか病気とか色々あれど、いわゆる不幸なできごとって、子供をオトナにさせるよね。
オトナにならないとやっていけないというのが理由と実情でありましょうが。
オトナにならないとやっていけない子供というのも、それもまた不幸だよねえ。

しかし、戦争勃発のニュースから丁度2年がたった日に「この2年間を、愉快で楽しい2年間に取り換えたいか」と聞かれ、リラが以下のように答えるシーンがあります。
ちょっと長いが、引用。好きなんだこの台詞。

「いいえ」リラはゆっくり答えた。
「取り換えないわ。不思議---でしょう?
---辛い二年だったわ---それだのに、妙にありがたいという気持がするのよ---苦しくはあったけれど、なにかとても貴重なものをあたしに与えてくれたような気持なの。
そうできるとしても、あたしは二年前に逆戻りしてもとのあたしに返りたくはないわ。
なにもあたしが素晴しい進歩をしたなんて考えているんじゃないの-でも、あのころのようなわがままなお馬鹿さんではないわ。
あのころでもあたしには心があったと思うわ、先生。でも、それを知らなかったの。
今はそのことを知っているのよ---たいしたことだわ---この二年間、辛い思いをしただけの価値はあるわ。そうは言っても」
---リラは言いわけがましく笑った。
「これ以上辛い思いをしたくはないわ---たとえ精神を向上させるためでもね。
この先二年たったとき、あたしは振返ってその二年があたしを向上させてくれたことをまた感謝するかもしれないけど、でも、今のところはたくさんだわ」
(「アンの娘リラ」村岡花子訳 より)

母も、娘も、ついでに家政婦のスーザンも。
銃後の女性達は逞しく、雄雄しく、背すじがすっきりと伸びて美しい。

「赤毛のアン」からはじまった“アン・シリーズ”の締めくくり。
もし「赤毛のアン」を、世界名作劇場しか知らない人がいらっしゃいましたら、是非“アン・シリーズ”お読みなさいませ。
文庫本10冊分の年月かけて、素敵なお嬢さんと、素敵な女性に逢えますよ。

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レビュアー: さくら
さくら
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