新田次郎「八甲田山死の彷徨」

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日露戦争前夜、厳寒の八甲田山中で過酷な人体実験が強いられた。神田大尉が率いる青森5聯隊は雪中で進退を協議しているとき、大隊長が突然“前進”の命令を下し、指揮系統の混乱から、ついには199名の死者を出す。少数精鋭の徳島大尉が率いる弘前31聯隊は210余キロ、11日間にわたる全行程を完全に踏破する。両隊を対比して、自然と人間の闘いを迫真の筆で描く長編小説。
(新潮文庫 巻末内容紹介より)

八甲田山死の彷徨

「天は、我々を見放した」

北大路欣也がこの台詞を吐いた途端に、周囲の人たちが、ポキポキ折れるようにして死んでいったのをよく覚えています。
あ、映画「八甲田山」の話ね。
子供の頃に、金曜ロードショーか何かやっていたのを見ました。怖かったなあ。

さて。この「八甲田山死の彷徨」は、映画の原作…という訳ではありません。明治35年に実際にあった、日本陸軍の八甲田雪中行軍遭難事件を題材にした、こちらはこちらでフィクションです。
実際の遭難事故の経緯に関しては、史実を忠実になぞっているようですが、陸軍がこの行軍を実施することとなった理由については創作の色合いが濃いので、ドキュメンタリーとフィクションのアイノコとお考え下さい。

この本は昔々にも読んだことがある筈でしたが、当時は高倉健と北大路欣也のイメージが強すぎて、本の印象は映画をなぞらえるだけで終わっていたような気がします。

そして、私もいいかげんオトナになってから再読してみると。
「八甲田山死の彷徨」の中で起こる出来事と、その原因、その対処に、組織の論理とか部署間の対立とか、そういうオトナの事情も見えるようになってまいります。

この本、ビジネス書が好きな人は、好きだろうなあ。

「将校たる者は、その人間が信用できるかどうか見極めるだけの能力がなければならない。弥兵衛も相馬村長も信用置ける人間だと思ったからまかせたのだ。他人(ひと)を信ずることのできない者は自分自身をも見失ってしまうのだ」

まずは徳島大尉(高倉健)率いる、第31連隊。
こちらは、プロジェクトを成功に導く、冷静で的確なPM。
なんだコイツかっちょ良-なー。そりゃまあ、高倉健だからなあ。

「この雪中行軍が死の行軍になるか、輝かしい凱旋になるかは、この行軍に加わる人によって決まります。雪地獄の中で一人の落伍者が出ればこれを救うために十人の落伍者が出、十人の落伍者を助けるために小隊は全滅するでしょう。雪地獄とはそういうものです」

徳島大尉は過去の経験から、八甲田雪中行軍が過酷なものになることを想定し、軍の規律を度外視しても参加者の命を守るために充分な準備をします。
装備品はもちろん、参加者の選定から、行軍中の各人の細かな行動、指示系統の確率化に至るまで。

「隊長は雪に勝つためには軍の規律を厳重にし、命令を徹底させることだと考えているのです。微小な私事でも許して置くと、それが大事につながると考えているのです」

とはいえ、徳島大尉が島耕作ばりの理想的上司であるのは、あくまでも対・兵隊のみ。
自分の連隊にはとても良い上司ですけど、民間人にはかなり横柄。
んー、まあ、日露戦争の前ですしねえ。時代、なのかしらねえ。

「弘前第三十一聯隊雪中行軍隊の名誉ある嚮導の役を自ら放棄するというのか。きさま等がそうすることは、わが日本帝国陸軍に向って反逆行為を働くことになるのだぞ。そのことが分っていて、言っているのか」

—(略)—

「兵隊なんていうものは勝手なものだ。おれたちのことを虫けらぐらいにしか思っていない」

対しては“死の行軍”をすることと相成った、神田大尉(北大路欣也)率いる第5連隊。

こちらの一番の敗因は、指示系統がひっちゃかめっちゃかになってしまったこと。
本来の責任者である神田大尉の意図とは別に、上司の山田少佐が数々の暴走。

山田少佐の発言ごとに、どんどん事態が悪いほうへ、悪いほうへと転がっていくー。転がるー。きゃー転がるー。

「雪の中を行く軍(いくさ)と書いて雪中行軍と読むのだ。いくさをするのにいちいち案内人を頼んでおられるか、軍自らの力で困難を解決して行くところに雪中行軍の意味があるのだ。お前等のように案内料を稼ぎたがる人間どもより、ずっと役に立つ案内人を軍は持っている。みせてやろうか。ほれこれは磁石というものだ」

「そう簡単に橇を捨てることはあるまい。いま橇隊が難渋しているけれど、そのうち、楽に動けるようになるかもしれない。計画をやたらに変更するのはよくない。いよいよ駄目だというときになって捨てても遅くない」

「それでどうしたのだ。一名の発狂者が出たがために命令を変更せよというのではないだろうな」

「他人を頼ろうと思うからそんな夢を見るのだ。こんなところで他人が頼りになるか。自分の身体を自分で始末できないでどうする」

神田大尉本人には、中間管理職の悲哀というか、宮仕えの悲しさというか、そういうものを、感じます。
“上”の命令って、たとえそれが間違っていることだと分かっていても、逆らえないことってよくありますものねえ。
ほら、最近起きた、某スポーツの某試合のように。

「お互いに軍人というものはつらいものだ。軍人は常に仮想敵国を作って戦っていなければならぬ、同じ師団の同じ聯隊同士でも仮想の敵とならねばならない」

某スポーツの某試合で起こった出来事は、死の雪中行軍ではないけれど。
その後に生じたあれやこれやには、共通する何かを感じます。
あの若人たちも、いつかは元に戻れる日が来るのかしら。いつかは春は、来るかしら。

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レビュアー: さくら
さくら
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